令和4年(2022年)8月6日 第534回

LPGA全英オープンは、山下美夢有、渋野日向子、畑岡奈佐、堀琴音の4人が予選通過。 笹生、西郷、古江、西村、勝、高橋、藤田、アマ・橋本の8人は届かなかった。 PGAは小平智が10位で予選通過、来季の出場権を何とかして掴みたいモノだ。 日本男子のメジャー・日本プロゴルフ選手権は、30才前後の4人が-7で首位に並んでいる。 池田勇太や今平周吾が予選落ち、石川遼は13位で通過。 週末は楽しみである。

 

 

山口恵似子「食堂のおばちゃん⑫ 聖夜のおでん」(文庫、書き下ろし)

・・・第491回に⑪をUPしています

第一話 初夏のサラダ祭り

料理修業の赤目万里が去ったアト、クラスメートだった青木皐(さつき)が、おばちゃん食堂のメンバーになった。 毎日、糠みそ床を掻き回している一子さんが握るおにぎりは、その手が乳酸菌に塗れているせいか、とても美味しい。 11時半、開店前の炊き上がったご飯の味見と腹ごなしである。 二三さんと一子さんに頼んで、店の中では、さっちゃん、と呼んで貰っている元ダンサーのメイであった。 1時20分過ぎ、ランチ客が引き上げた頃、30年来の常連・野田梓と、10年以上の常連・三原茂之がご来場、45分頃には万里が入ってくる。 板前割烹「八雲」に出勤前にランチの余りモノを客単価で食べに来る。 万里も含めて客三人、店のメンバー三人とのコミュニケーションが楽しいのだ。 そして近くの万里の家の鍵を青木に預けて出勤して行く。 夜の部が始まる迄の数時間の休憩場所に提供しているのだった。 毎日遅く帰宅する教職の両親もその時間は不在なので、宅配便の受け取りにも丁度イイ、と両親は寧ろ、喜んでいるらしい。

 

夜の部の口開け客は酒屋の若主人・辰浪康平、3㎏も太ったからぺジタブル・ファーストで行く、と野菜サラダを口に入れる。 続いて入って来たのが料理研究家の菊川瑠美、二人は恋仲である。 康平が大好きな週3回の、ラーメンより量の多いつけ麺を止めて、そのアトは、カレーライスのスパイスで胃腸の刺激を続けて見たら・・・とアドバイスをしている。 食堂がそんな温かい雰囲気に包まれている時、新規の男性二人が入って来た、40才前後と20代前半、中ナマふたつ、と注文を出してからメニューを眺め、ポテサラ、肉じゃが、ニラ玉、と続けた。 間もなく客で一杯になった。 皐が注文のニラ玉を差し出すと、イキナリ、→アンタ、おかまか、と声を高く上げた。 まるで、店の中に響き渡るように。 皐は明るい声で応えた、→はいそうなんです、こちらで料理の勉強をさせて貰っています、よろしくお願いします、と低姿勢に出ると、→フン、じゃ名前変えたらどうだ、おかま居酒屋とか、と皐を侮辱する。 憤然とした康平が立ち上るより先に、一子が出て来た、→お客様、どうぞお引き取り下さい、お代は結構です、他のお客様のご迷惑になります、とキッパリと告げた。 →ナニ!このクソババァ、それが客に向かって言う言葉か、→あなたはお客じゃありません、この店に相応しくありません、さっさと出て行って下さい! 男が腰を上げた瞬間、皐は背の低い男の襟を掴んで引き寄せて男の耳元で低い声で、→もう一度言ったらタマ潰すよ、と囁くと吊り上げられた男は一目散に店を飛び出した。 若い男も申し訳なさそうにペコリと頭を下げて跡を追って行った。 一子は、→皆さん、ご迷惑かけました、ゲン直しにワンドリンクサービスさせて頂きます、と晴れやかに告げた。 

 

ところがそれだけで終わらなかった。 花金の7時過ぎ、三人の如何にもタチの悪そうな新顔が現れた。 中ナマ3つから始まって高めの料理と純米吟醸を何杯も続いたので結構な金額になった。 →羽田設備工業で領収書書いて、と言いながら、皐に向かって、→アンタ、「風鈴」で踊っていたおかまのメイだろ、前川社長から聞いたよ、社長から独立資金をごっそりせしめて、男の恋人に貢いだンだってナ、おかまに騙されるなんて、社長もイイ面の皮だよ、と店中に聞こえる声で言い放った。 皐は、音も葉もない言いがかりを付けられて茫然とした。 そして「風鈴」の上客だった前川工務店の社長が、料理の修業先を紹介する、と言って、メイを家に呼び寄せて迫って来たが逆に急所を蹴り上げて撃退した事の逆恨みであることが判った。 この会社は恐らく前川工務店の下請けだろう。 好き勝手に言って引き上げた三人組に対して、一子と二三は、→どこまで根性、腐ってるのかしら、自分で手を汚さず手下を使うなんて、店として新規客をイチイチ気にする事なんか出来ないし・・・、と言う二人に、皐は謝罪しながら、→明日、前川社長と話をつけてきます、と切り出したが、→ダメよ! さっちゃん、理屈が通用する相手じゃないから・・・慌てないで作戦を練りましょう、必ず、良い方法が見つかるわ、と押しとどめた。 ポンと肩を叩かれて皐の瞳は潤んでいた。 

・・・翌日5時半の夜営業、一番に来店したのは、あの最初の嫌がらせの若い方の男だった。 田澤恭平と名乗って気の弱そうに、→いつぞやは大変失礼致しました、ウチは羽田設備工業ですが前川工務店の下請けで前川社長の言いなりなんです、最初は羽田社長と私、次が私の先輩3人でした、自分の恥を社内に知られたくなくて下請けを使うんです、凄いパワハラで自分に都合のイイ話ばっかりです、と説明されている所に、桃田はなと訪問医の山下先生が入って来た。 二三と一子は咄嗟に、→さっちゃん、恭平君、山下先生の別な視点からお知恵を拝借しましょう、と断わってから事情を打ち明けた。 →諸悪の根源はその前川工務店の社長ですね、と腕組みで暫く考えていた山下先生が、→恭平君、前川工務店は飛鳥ハウスと何か関係ある? ・・・日本有数の建設会社である。 恭平は大声をあげて、→大ありです、前川工務店は一次下請けです! →なるほど、それじゃ話が早い、以前、飛鳥社長のお母さまを看取りました、それ以来、飛鳥社長に気に入れられて主治医のような形でお付き合いが続き、息子のように可愛がって貰っています、飛鳥社長に頼んでその前川とやらに釘を刺して貰いましょう、きっとそれで大丈夫です。 わァッと皆の歓声が上がって拍手が湧き起こった。 恭平は出されたサラダ祭りの品々に旺盛な食欲を示した。 どうやらサラダ男子らしい。 →今度からランチも夜も来ます、と嬉しそうに帰って行った。 それからは嫌がらせが一切なくなった事は言うまでもない。 飛鳥社長経由で相当な叱責と牽制があったのは間違いない。

 

第二話 鰻で乗り切れ

まだ7月なのに暑い日が続いている。 皐が、→二三さん、ダイエットしている? 少し痩せたけど、と聞く。 →していないけど、確かに食欲が落ちたかも、と答えると、→ふみちゃん、私も少し、気になっている、と一子も同意した。 居合わせた万里も、→おばちゃんが食欲落ちたってあり得ない、と茶化すが皐は真剣に、→お盆休みに健康診断を受けてみたら、と勧めると、一子が、→そうねェ、私も70年以上はしていないわ、ふみちゃんだって20年以上でしょ、一緒に行こうかしら、と即決となった。 万里の両親の為に、残った料理をタッパに詰めて皐が休憩で万里の家に向かう、万里が退職しても両親にとっての手間いらずのご馳走が続いているのだった。

 

ランチの若い男が、→今度の土用の丑の日、鰻丼とかやらないの? 連れが、→むり無理、700円じゃスーパーの鰻も買えねェよ、と問答していた。 二三は野田梓、三原茂之の常連二人に、→値段的に鰻丼は無理だけど鰻を使ったメニューを出せないか、と思っているの、と愚痴的に洩らした。 う巻、うざく、鰻素麺、う巻を乗せたぶっかけ素麺なら鰻の量が少なくて済む。 二人とも鰻素麺なら予約するわよ、土用の丑の日の縁起物よ、と承諾してくれた。 夜は辰波康平・菊川瑠美コンビにもPRした。 続いて山下先生と桃田はなが来店、PRを聞いた花が、→先生一緒に鰻素麺食べましょ、今度は私がご馳走するわ、万里の店で高いご馳走になったから奢られっ放しじゃ悪いし、とその時の様子を詳しく語ってくれた。 山下先生が、→イイ修業先ですね、何と言ったってマンツーマンですからね、親方の一挙手一挙足を見逃さないと、真剣に働いていましたね、キリッと引き締まったイイ顔してました、顔付迄変わりましたよ、そして美味しかったこと、これまでのベストワンです、親方も女将さんもすっかり信用している感じでしたネ、と打ち明けられ、一子も二三もすっかり安心したのだった。 お盆休みの6連休に健康診断を受ける話になったら、山下先生が、先に血液検査をして結果を見てから、健診で重点的に見て貰った方がイイ、ウチで採血してあげるから一週間で結果が出る、と翌日、採血に来てくれたのだった。 ・・・血液検査の結果は良好で何にも問題がなかった。 一子は血圧が170だったので高血圧を心配すると、→80才の方は170無ければ血管の先まで血液を送れません、健康で長生きする人の血圧はほぼ170です、130以下の方が早く亡くなっていますから一子さんのは理想的です、と断言する。 二三は、→コレストロールの値が上限を超えているんです、と不安そうに言うと、→心配いりません、女性は閉経すると50位、数値が上がります、高くなるのは自然現象です、とまたもやキッパリ言い切ってくれたので二人とも大安心だった。 →食欲不振だったのは、春先から再開発計画が持ち上がったり、万里の旅立ちに関する事等々の心配事が知らないうちに心労が重なっていた事でしょう、それが鰻料理の試作で急に脂っこいモノを食べ出して眠っていた食欲が目を覚ましたンでしょう、それが真相だと思います、だから健康診断は無理して行かなくてもイイでしょう、と山下先生の助言によって、お盆休みは急遽、どこかへ行く事に変更した。 一子は、→鰻祭りをやっつけてお盆休み迄もうひと踏ん張りしましょう、と気勢を上げると、二三と皐はお~ッと拳を突き上げた。

 

第三話 たまごのキノコ

お盆休みは一子と二三が二人でゆっくり房総の旅館で骨休みした。 そして今回、9月シルバーウイーク3日間を、急な山下先生のお誘いで一泊二日のキノコ旅行に決まった。 飛鳥社長が友人夫婦を招待して、南足柄市の民宿でジビエとキノコ料理を楽しむ会を予約していましたが、友人の奥さんが急病になられて取り止めになりました、私も主治医として同行する予定でした、すると飛鳥社長が、キャンセルするのは昔から懇意にしている民宿に気の毒だから、友達を誘って君が行け、宿泊料金は貸し切りで支払い済みだ、10人位は大丈夫だ、という有難い理由だったのである。 一子、二三、要、皐、山下先生と桃田はな、菊川瑠美は仕事なので辰浪康平も誘った、万里も仕事だった、合計7人。

 

一行は小田原駅集合でそれぞれ合流した。 小田原駅で大雄山線に乗り換えて21分、終点の大雄山駅では、リゾート感がハンパないわ、と要が言う。 山下先生は診療用の鞄を提げていた。 目指す民宿「牧島」は駅から車で20分の山の中、迎えの車がSUV(スポーツ用多目的車)二台、運転手は民宿の主・牧島誠司と息子の忠志だった。 二人とも狩猟免許を持っているが、冬は猟銃を撃てるけれど今は罠猟だとの事だった。 裏山のキノコは奥さんが詳しいらしい。 神奈川県の狩猟期間は11月~2月迄だが、有害鳥獣駆除であれば一年中捕獲が可能なのである。 古民家風の建物に着くと、二人の女性が出迎えて、主の妻・いずみ、息子の妻・夏帆と紹介された。 部屋割は、一子、二三、要一家が8畳間、康平と山下が8畳間、はなと皐が6畳間と決めた。 早速のキノコ狩り、折り畳みナイフ、軍手、紐の付いた篭を下げると、→採ったキノコはお持ち帰り出来ます、と言われた途端、一子と二三と皐が目を輝かした、お客様がきっと大喜びだ。 クリタケ、ナラタケ、アミタケ、タマゴタケ、ムキタケ等で篭が満載になってくる。 途中、毒キノコのツキヨタケ、ドクツルタケもいずみさんに教えてもらって、とても一人じゃキノコ狩りは無理だと心に刻んだ。 6時半から宴会、瓶ビールで乾杯後、先ず、鹿の刺身、ショウガ醤油とごま油、白髪ねぎ、肉で来るんだ白髪ねぎが絶品、地元の日本酒いずみ橋・純米吟醸は奥さんのいずみさんと同じ名前だ。 タマゴタケのバター炒め、キノコのみぞれ鍋は、クリタケ、ナラタケ、ムキタケ、アミタケが醤油仕立てて出汁が出て濃厚だった。 次が鹿肉の赤ワイン煮、ホロホロと柔かく口いっぱいに拡がる、シメはタマゴタケの炊き込みご飯、全部、旨すぎる! 山下先生に向かって全員、最敬礼!だった。 そして深夜、要が猛烈な腹の痛みと、嘔吐を繰り返し、山下先生の触診を受けて宿の車で病院送りとなった。 その顛末や、如何に・・・。

(ここ迄、全236ページの内、137ページまで。 第四話・うどんと名月、第五話・聖夜のおでんと続く相変わらずのほんわかストーリーである、お楽しみ!)

 

(ここ迄、5,300字超え)

 

令和4年8月6日