令和4年(2022年)7月9日 第523回

阿部元総理が凶弾に倒れた。 民主主義の象徴の選挙運動中の暴挙である。 元・海上自衛隊の隊員だったのでその関連で作り方を学んだのか、手製の拳銃?らしいが、それにしても四方360度を囲まれた真ん中の演壇とは・・・。 防犯上、こんな所を許可した奈良県警やSPの責任は重い。 普通は背中に壁を背負う場所であろう。 真後ろからの攻撃は狙い済ました一発だったのだ。 特定の団体に恨みがあった、と言ってるらしいがその背景が気になる。 ご冥福を祈るとともに早急な解明が待たれる。 

 

イギリスの欧・米共催試合は松山も川村も予選落ちした。 PGAは小平が予選通過濃厚、日本女子第19戦は菊池が予選落ち、小祝が上位で奮闘中。

 

 

大沢在昌「晩秋行(ばんしゅうこう)(単行本・新刊、Oさんから借用)

30年前、バブルに沸いた時の地上げ屋「二見興産」で働いていた円堂・62才は今、中目黒駅近くの居酒屋「いろいろ」のオヤジである。 「二見興産」で一緒に働いていた中村充梧は、10年前、那須の外れにある別荘地の古い一戸建てを格安で手に入れ、小説家でデビューしたばかりの時に引っ越しをした。 今は時代小説作家としてそこそこ売れている。 彼からの電話は、→二見のオヤジが持って逃げた赤のスパイダーを見た奴がいる、出版社の担当が代わって、以前は車雑誌の編集部にいたから見間違いない、と言ってる。 フェラリーのカリフォルニア・スパイダーは1960年に売り出された世界でたったの104台のオープンカー、二見会長はそれを10億円以上の金で手に入れた筈だ。 それよりも、もう90才近い筈だ、どこかで死んでいると誰もが考えていたのに、まさか、まだ生きている! ただ、女が運転していたと言うから一緒に逃げた君香だろうか? こちらはまだ60才前だからあり得る。 何を隠そう、君香は円堂が結婚を考えていたクラブの美人ホステスだった。 それなのに二見と一緒に逃げる程の仲だったとは! 当時は怒りでハラの中が煮えくり返ったモノだった。 バブルが弾けた時の借金は1,000億円以上、債権者は金融機関ばかりではなく、裏の筋の金も相当額流れ込んでいた筈だ。 だから、円堂と中村だけじゃなく、二見に貸しがある奴はいくらでもいる。 「地上げの神様」と呼ばれていた凄腕だった。 二人は法ギリギリで稼ぐ灰色稼業だった、地主の情報を探り弱みを掴んで「二見興産」に土地を売らせるよう仕向けるのが二人の仕事だった。 ヤクザを使ったり家族を脅かしたり放火するような奴らを、二見会長は「外道」と蔑んでいた。 →札ビラで動かないなら気持に訴えろ!と良く言われたものだった。   そうして転売した利益の2%が二人の懐に入った、合わせて恐らく1億円は稼いだと思う。 しかし、二見が逃げて8,000万円程が二人の債権で残ったのが30年前の結末だった。 電話の最後に中村は言った、→探そうぜ、スパイダーの持ち主を、俺らにもいくらか貰う権利がある、スパイダーは保存状態さえ良ければ今、20億円はするぜ。 しかし、円堂は気が進まない、君香を探して30年前の古傷をつつきたくない。

 

雑居ビルの地下にある「いろいろ」は、この二年間、手伝いのケンジ・32才の成長もあって商売は順調だった。 お運びのユウミ・22才も舞台女優の卵で擦れた所がなく客に人気がある。 暖簾を下ろしたアトは板場の片付けは円堂、カウンターと小上がりの掃除はケンジとユウミの仕事と決めていた。 →お先に、と円堂は店を出る。 ケンジにも鍵を渡してあるし、時々仕入れも任せている。 食材への目を養わせて、駄目な物を買って来たら何故、駄目なのかを教える。 自分だって、修業した本職の料理人ではない、バブルの頃、金に飽かせて食いまくった、そんな食好きが昂じて包丁を握るようになった素人なのだ。 目下の者に辛く当たるなんて論外である。 自宅のマンションまで歩いて15分、しかし、途中で気が変わって地下鉄で銀座に出る。 7丁目の伊津子のこじんまりとしたスナック「マザー」、昔は大箱のナンバーワンで、傍にいるだけで男を幸せにさせる女だった。 ただ、彼女も客貸しの相当額の負債を負った筈だがそのクラブも潰れた、どうやって生き延びたのか知らないが、再出発の店がクラブではなくスナックは「当り!」だったのだろう、今も品のイイ常連ばかりで、バーテンと2~3人の女の子、伊津子が和食、バーテン・崎田が洋食の自慢料理とカラオケの店である。 今では「おかあさん」と呼ばれているらしい、店名と同じだ。 今は円堂が通える唯一の銀座の店だった。 大学生のユキを帰したアト、伊津子と乾杯し、中村からの電話の話を打ち明けた。 →ヤダ、二見会長も見たの? と同じような気持で聞いてくる。 当時50半ばだった二見は毎晩飲み回っていた、伊津子を初めて見たのも二見会長に連れていかれたクラブだった。 クラブの女をアフターに連れ回り、そのままお持ち帰りがザラだった。 湯水のように金を使ったが2~日毎に抱いた女にはそれなりに払っていた。 だから、アフターに手を上げるクラブの子はアトを絶たなかった。 円堂は二見の驚異的な精力に呆れていたモノだった。 だから特定の女はいない、と思っていた。 君香も、→あたし、好みのタイプじゃないモン、胸だって小さいし、と否定していた。 二見は確かに胸の大きいグラマラスの女が好きだった。 今になって思う、君香はホントは二見が好きだった、だから一緒に逃げた、円堂は遊ばれていただけだった、クソ、今でもハラが立つ。 伊津子が言う、→今でも君香さんに惚れているって事ね、引っ叩いてあげるわ、あなたとは何もなかったけれど、ヤキモチは焼くわよ。 伊津子に結婚を申し込んだのは、大相撲の横綱、大阪の大問屋の社長、妻に先立たれた国会議員は後に閣僚になった。 73才になるバーテンの崎田はかって大箱で一緒に働いていた。 その妻が癌になり治療費を伊津子が助けた。 崎田は妻が亡くなってからず~ッと伊津子の下で働いている律義者だった。 伊津子と話が続く、→二人は心中した、とばかり思っていた、と円堂が言うと、→女は強かよ、会長だけ死なせて君香はあなたと生きる道を選ぶ、と反論された。 そして、→探しに行きなさいよ、とけし掛けられて、ハラが決まった。 そうだ、過去に決着を付ける。 中村と探そう、思い残す事は好きじゃない。

 

「マザー」を出たのは午前2時過ぎだった。 すると白髪頭の男から声が掛かった、→円堂さん、クラブのポーターをやっていた68才の男だった。 →昔、一緒にポーターをやっていた高取が会津高原で「蕎麦 高取」をやっているんですが、そこに昔飛んだ二見会長が来た、って言ってましたよ。 吃驚である。 中村からの電話のその日に同じような話が聞けるなんて。 これも何かの縁だろう、ポーターの浜田と言う名前を確認して5,000円を渡し、名前を使わせてもらう、と断わった。

 

翌朝、中村に電話した、→会津高原の蕎麦屋で二見会長を見た、という話がある、土曜日に新幹線で行くから車で連れて行ってくれ、二見会長は一人で来てバスで帰ったそうだ、余りの落ちぶれ振りに声も掛けられなかった、と言っている、それとガソリンスタンドでスパイダーがガソリンを入れた所がないか、訊き込んでくれ、と頼んだ。 ・・・土曜日、11時過ぎに新白河駅に着いた、中村の車は古い4Wで10年は乗って居る筈だ。 →会津高原尾瀬口のバス停の傍に「蕎麦 高取」がある、と言う。 「蕎麦」という幟を何本かやり過ごして店に入った。 客は一人もいない、作務衣を着た60代の浅黒い顔の男が、手ぬぐいを頭に巻いていた。 銀座の浜田の名前を出して、盛り蕎麦を注文した。 男は無表情に頷いて、→昔、ポーターをしていたころアンタを見た事がある、二見会長と一緒だった、と記憶力のイイ断言だった。 →浜田さんから、ここに二見会長が来た、と聞いたので懐かしくなって私も来てしまいました。 →たぶん、会長だった、落ちぶれたサマは声をかけられる感じじゃなかった。 会長が姿を消した時、58才だったから、もう88才の筈だ。 蕎麦は山葵が添えられていて絶品だったが残念ながら蕎麦汁は市販の味がした。 二人が、蕎麦は旨い!と言うと、店主は、→旨い汁は蕎麦より原価が掛かる、この山の中じゃ値段に載せられない、市販の汁が結構旨い、鰹節は保存が難しい、削ってしまうと密封して冷蔵庫に入れておいても香りが飛ぶ、とボソッと言う。 二見会長は擦り切れたジャンパーからクシャクシャの千円札で支払ったらしい。 高取は、→生きているとは思わなかったナ、愛人と心中したと聞いていたから・・・ それとプラスチックの腕時計をしていた。 円堂と中村は思った、高給な腕時計を幾つも持っていて億単位のコレクションだった。 きっと、売ったのか、借金のカタに押さえられたのか。 高取に訊かれて、中目黒の居酒屋「いろいろ」、と返し、一杯1,000円の代金を支払った。 盛りが1,000円じゃ客は来ないナ、と中村が言う。 それにしても30年間も赤いスパイダーを誰も見付けられなかった、と言うのは不思議である。 どうやって隠しながら乗っていたのか判らない。

 

その夕刻、中村の家に行った。 二見興産が倒産した時、金の切れ目が縁の切れ目と出て行った中村の奥さん、以来、ムラマサというゴールデン・レトリーバーと暮らしている中村だった。 週2回、通いの家政婦が来ているらしい。 →スパイダーの線から探すのは困難、よって二見の似顔絵で探そう、と中村が言う。 →パソコンに取り込んで30数年の加工をしよう、それ位は俺でも出来る、お前の方が写真が豊富だろう、メールで送ってくれ。 白河駅前の居酒屋で二年振りの乾杯をしながら、シメの白河ラーメンを平らげて中目黒の店に戻った。 カウンターが満席でテーブルも二組、→親方!とケンジとユウミが目を丸くした。 混んじゃっているから、助かった!という安心さが顔に出ていた。 その夜は遅くなっても客が途切れる事なく、気付くと閉店の時間になっていた。 →助かりました、とケンジとユウミが礼をいう。 →何言ってる、店を空けたのはオレだ、と返すと、→今晩はユウミと頑張るしかない、と覚悟してたんですが、親方の手際には到底敵わないって思いました、もっと勉強させて下さい、と生真面目なケンジだった。 部屋に戻ると、二見と君香と三人の写真があった。 襟ぐりの深いミニドレスの君香に、→無い胸を出すんじゃないよ、と揶揄った二見に、→この胸が可愛い、と言ってくれる人がいるんだから、ねッ!と、円堂の顔を覗き込んだ君香を思い出す。 円堂は嬉しげに笑って君香は俺の女だと信じていた。 君香は何度も何度も円堂に抱かれた、相性がイイ、絶頂に達した回数も覚えている程だ。 →円ちゃんは私のオトコ、と言って二人ッきりになったら必ず、→円堂さんはお客様、私のオトコは円チャン、と貪り付いて来たのに・・・。 写真を中村に送ると、→粗いが何とかなるだろう、出来上がったらそちらにも送る、と返信が来た。 「いろいろ」を始める時、預金は使い果たした。 アトは数個残っている高級時計だけ、切羽詰まった時にこれを売ろうと決めていた。

 

日曜日は洗濯と部屋の掃除に費やした。 月曜日、4時に店に出るとケンジが団体予約の下拵えの最中だった。 9時、戦争のような団体客が帰ると、ポッカリ、空きができた。 珍しい、と思ったのも束の間、男女の新規さんが飛び込んできた。 二人は、美味しい!と言いながら酒も小料理もちっとも箸が進んでいない。 男は「ジャストTV 代表取締役 上野友祈」、女は「オキナカプロ 沖中真紀子」の名刺を出し、ユーチューブの番組制作と、タレントのマネージメント、とそれぞれ紹介してくれた。 いろいろな質問をして二人は慌ただしく出て行った、まるで何かを探りに来たように。 →ふたつの会社とも住所は六本木、何でウチに来たんでしょうね?と、ユウミが不思議そうに呟いた。 (ここ迄全486ページの内、86ページまで。 二見の行方を調べている事を昔の悪い筋に知られた為に、様々な連中が円堂と中村の前に姿を見せ始める。 そして、中村が焼け死んだ、飼い犬が姿を消した、まさか、放火じゃないだろうナ。 そして二見はいたのか、スパイダーはどうやって30年間も隠し果せたのか、何故、こんなにもこちらの情報がダダ漏れなのか、二見と君香が姿を隠した真相が明らかになって、円堂は愕然とする。 バイオレンス場面が少ない珍しい大沢の物語である、乞う、ご期待!)

(ここ迄5,200字越え)

 

令和4年7月9日