まだ見えていた8歳ごろ、ぼくのお父さんは髪は真っ黒で、色黒で、バンドマンをしていて、子どもから見てもかっこいい部類だろうなあと思えた。バンドライブの黄色い声援が、まさかお父さんに対するものだとは思ってもみなかったけれど、ライブが終わり観戦者の話す内容から察していた。
その後、間もなく僕の目は見えなくなった。お父さんの顔もお母さんの顔も、髪の色もわからなくなった。それが不自由だったとは思わないけれど、つい先日45歳を迎えた自分自身の脳裏には、今でも小さい頃の両親の姿のままで生きている。お母さんは既に3年前に他界してしまって、今じゃ、本当の意味で脳裏のお母さんしかいない。それでも、お父さんには毎月のように会える。孫もみれて息子にも会えて幸せ者だね、お父さん。
そんな折、妻に「お父さんの髪は、もう真っ白なの?」ときいてみた。そうしたら「白髪だよ」と教えてくれた。続けて「ぼくの髪はどうなの?」と尋ねた。「遠目で見れば黒いけれど、所々白い物が混じってるよ。」と教えてくれた。ああ、もうそんな年になったんだなぁと実感せざるを得ない。間違いなく年は取っている。
白髪の父は、最近は孫の面倒をみながら庭仕事をする度に「衰えを感じるようになったよ」と話すようになった。声の調子も、よく聞けばおじいちゃんっぽくなってきたように思える。父からみれば、孫の3歳の葵都には白髪のおじいちゃんとしか見えていないはずだ。
ぼくの目が気がつかないうちに、時が過ぎて、あっという間に年を取って、懐かしくなって、いなくなっちゃうのかなと思ったら寂しくなった。見えていたら、みんながどんな顔で、どんな風に年を取って、しわが増えて、髪が白くなって、老いていくのかをみてみたかったけれど、ぼくが生きているうちはぼくの目を見えるようにはできないようなんです。家族や親しい仲間と「ああ、年取ったね!」と、しわのある顔をみて笑ってみたかったよ。
3歳の葵都が大きくなるにつれて、自分の白髪だって増えていく。自然を受け止め、無理に染めるつもりはない。むしろスキンヘッドでよいぐらい。
最後に、数十年後は、ぼくも庭仕事をしながら、孫の面倒をみているんだろうなぁ。と思う45歳の初夏の日。