今朝目が覚めたら
めっちゃ胸がざわざわしてて
苦しくて
くやしくて
悲しい気持ちでいっぱいだった。
あのまま旅行に行きたかった。
あのままあちらに滞在してたかった。
あのままあの世界にいたかった。
心屋大好き心屋オタク
コバマス123期受講中
エリージアム巣立ちコース修了
潜在数秘術®マスター
アロマボイジャーセラピスト、
「ある」を見るリハビリ中、
感情の垂れ流し中の
きみちゃんです。
どうしたいのか
どうするのがいいのかも全く分からず、
でも
不安で
恐怖でいっぱいで
どうやって決めたかも忘れたけど
トンボ返りしてきた。
だけど、
帰る道中で何ともなかったことが分かり
(一時的には発作が出てたみたいだけど)
お医者さんも
そんな遠くからわざわざ帰って来ることないのに
と行っていたらしい。
家人も
大丈夫だろと言っていたのに。
でも、
私は自分でどうしたらいいのか判断できず、
普通のお母さんなら
ここで子どもを放っておかないだろう
子どものところに飛んで帰るだろう
それをしない私は
酷い母親だ
という気持ちもあった気がする。
子どもに
自分と同じ「寂しい」気持ちにさせてはいけない、
「不安」な思いを抱かせてはいけない、
そんな気持ちが大きくあった。
今書きながら思い出したけど
昨日私は
車の中で泣きながら
「子どもが私みたいになるのが怖い」
という言葉を頻発してた。
私みたいにってどういう感じ?
と聞かれた時に
ずーっとずーっとしんどい
と答えたけど、
口に出せなかったけど、
ずーっとずーっと生きてるのがしんどくて
何で生まれてきたんやろ
何をしてても心の奥の方にしんどさがあって
ずっとしんどい状態
楽しい旅行に行っていても
ずっと
お腹痛くなったらどうしよう
またトイレに行きたくなった時に
PASAがすぐなかったらどうしよう
と常に身体と心が緊張している状態
行きたいところ
やりたいことがあっても
いろんな不安から
身体が強ばって
行けない、出来ない
ずっと不安や怖さを抱えて
しんどい状態
ただ生きているだけで
しんどい状態
こんなしんどさを抱え
何で私は生きてるんだろう
と思ってしまう状態
そんな私みたいになったらどうしよう
それがとてつもなく怖い。
そして、
私みたいに面倒でややこしい人間になったらどうしよう
もある。
もう、面倒くさいよね?
もう、ややこしいから嫌になるよね?
もう、見捨てられるよね?
もう、面倒見切れないよね?
常に思う気持ち。
そして、
我が子が私みたいな苦しみを抱えてしまったら、
私は対応出来ない。
助けられない。
だから、
こんな面倒くさい私は
きっと見捨てられる。
そう強く強く思っているみたい。
泣きながら
「私みたいになったらどうしよう」
それを何度も口にしていた。
「私みたいになったらどうしよう」
それは
私が私を全否定している言葉。
随分と心軽くなり
見える世界も変わってきたつもりだったけど、
心の奥底では
私は私のことを全否定していたみたいだ。
******
あーー、
今書きたかったことはこのことではなかったのに。
私が私を全否定しているんだと気付いて
涙流してもいるけど、
私も欲求として
やっと
お母さんとしてじゃなく
「私」として
楽しみにしていた旅だったのに。
朝目が覚めたら
いつもの場所にいる。
この3日間だけは
「私」が楽しみたかったのに
ここに目覚めている。
悲しい。
悲しい。
悲しい。
もう嫌だ。
頑張れない。
お母さん出来ない。
お母さん向いてない。
行きたかった。
キレイな景色をもっと見たかった。
楽しい時間を過ごしたかった。
私が私として
甘えられる時間を過ごしたかった。
子どもの頃から
お母さんのお母さんをずっとやってきて
お母さんの代わりにいろんなことを決断し
家族を守り
お母さんを守り
みんなを引っ張って来た。
前者飛ばね族だから
出来てしまった。
小学校5年生の時から
大人ってなんて頼りないんだ
何でそんな考え方しか出来ないんだ
私の方がよっぽどしっかりしている
という自覚があった。
そうやって生きてきた。
子どもでいられなかったし、
子どもなのに大人になれてしまった。
心屋を知って、
ようやく
人に甘えてもいい
をやり始めたところ。
ようやく
今の家族に甘え、助けてもらい始めたところ。
人生の大半を
全部自分で背負い
家族のことも全部私が決めて
家族の責任を背負い
家族みんなを引っ張ってきた。
自分が寄っかかることはして来なかった。
出来なかった。
でも、
本当は甘えたかった。
誰かに守って欲しかった。
大事なことは私が決めて責任を負いたくなかった。
お母さんみたいに
全部私に任せて決めさせて
ボーーーーっとして生きたかった。
今、
やっと甘えることを始め、
自分が決めて責任を背負い込むという世界の反対を経験しようとしている。
あの時
子どもとして生きられなかった
その世界を体験させてもらおうと
やっているところだ。
だから、
昨日も自分でどうしたいのか
どうするのか
決められなくて
人に委ねた。
相手はきっと
私の状況(と子どもの様子)を見て
帰るという決断をしてくれた。
でも、
朝目が覚めたら
悲しくて悲しくて
淋しくて淋して
悔しくて悔しくて
仕方がないのだ。
涙が溢れて仕方がないのだ。
悲しいよねー
悔しいよねー
淋してよねー
もっといろんな景色を見たかったよねー
そう私が私に言いながら
どうしてあげたらいいものか
涙を流しながら考えている。
遠くじゃなくてもいいから
どこか
キレイな景色を見に行きたいなぁ。
あ、ちょっと違う。
キレイな景色を見に連れて行ってもらいたいなぁ、だ。
もっともっと甘えさせてもらいたい、
もっともっと頼りたいのだなぁ。