こんにちはおかめです。
実は、4月末に義父が我が家に来たのですが、輸血などのためにピックという刺しっぱなしの管を入れるためにすぐに入院。
入院中に発熱があり、2週間ほど入院して、5月の半ばになる頃我が家にやってきました。
ケアマネさんもついてくださり、再審査で介護度が要介護5、介護ベッドを入れてもらっていました。
訪問診療で輸血もしていただけることになって、訪問診療と訪問看護で数ヶ月は一緒に過ごせるかな‥と思っていました。
4日目まではオムツ交換の時も義父自身がお尻を上げてくれたり、体位変換もしてくれてすごく助かりました。
ちょうど、義父が介護タクシーで病院から我が家に帰宅してから5日。
輸血して5日目くらいから体調がよくなくなり、輸血直前は心配ではあるものの、輸血すればまた持ち直すということを繰り返していたので、この日もお昼前に輸血して落ち着くだろうと思っていました。
とはいえ、呂律が回らず少し辛そうで…
オムツ交換も、お尻が上げられない様子だったので訪問看護さんと一緒にやろうと思っていました。
亡くなる前には、腎臓の機能が低下してお小水の量が減ることは知っており、ちょっと少ないな…とその日の朝に思っていました。
ごはんもお薬も飲めないくらいではありましたが、点滴も入っているし、数日食べられなくても問題ないと思っていました。
それに、意識喪失をしても持ち直した経験もあり、そこまで危機感もなく…
10時過ぎに声をかけたところ、いちごのかき氷のアイスを食べたいということで私の介助で食べて…
11時頃声をかけたところ、お水を飲むということで2口くらい…少しこぼれたのでティッシュで拭いて
「大丈夫ですか?」
と声をかけると呂律がやはり回らず…
「だ、だい…」
大丈夫と伝えてくれていたので、不安にさせるのも…と思い、
「あと30分くらいで、先生と看護師さんが来てくれますからね」
と明るく声をかけて、その後なぜか私、網戸と窓の掃除なんかしちゃって…
25分くらい経った頃、見守りカメラから夫の声がして
「おかめ!父ちゃん見て!息してる?!」
えっ!そんな…だってさっきお水も飲ませて…
「お父さん!おとうさん!」
と声をかけたところでちょうど訪問の先生がいらっしゃり…
「〇〇さーん!」
と声をかけてくれて、軽く手を挙げたので声をかけたらもう少し…と思ったのですが、血圧を測るものの測れず…
聴診器でもおそらく心拍確認できず…
もう、瞳孔も開いていました。
でも、みんなで看取れたということにできるようにと気遣ってくれたのでしょう。
「あと数時間ですかね…少し別の仕事をしていますね」
と言ってくださり、先生がいてくださる間に子ども達を早退させてお迎えに。
その後看護師さんも来てくださり
「これから硬くなっちゃうからね…」
と、体をきれいに整えてくださり、おむつも交換して、口もきれいに閉じるようにタオルを顎に挟んだりと手際よくやってくださりました。
ちょうどお昼時で、ケアマネさんが事務所に戻るところだったようで声をかけに来てくれました。
子どもたちも、動かない義父に違和感を持ち、下の子は泣いて、上の子はまた起きるとも思っていたようでした。
訪問の先生が来てから40分ほどで夫と義母も到着。
2人ともたくさん声をかけて、なんとなく2人もこれ以上は…というタイミングで、訪問の先生が死亡確認してくださりました。
苦しまず、静かに‥
最後の言葉は「大丈夫」。
お義父さんらしい…でも早いよ…まだ見られるよ?と思いました。
ちょうど、次の日に義母を入院先から外泊させて、2人の時間を作ろうと思っていたんです。
1日遅かった…
でも、それを決めたのは義両親。
もう少し、義母が頑張れれば…
1日前に、義母を連れてきていたら…
もう少し、輸血が早ければ…
と、思わないわけではないのですが、こればかりは仕方ないと思います…夫は1日早く‥と今も思っているようです。
不思議なことに、義父が亡くなってからの方が義母が落ち着きました。
義母はすごく責任感と自責の念が強いため
「私が一緒にいる時に義父が亡くなったら私のせい」
と思うタイプなんですね。
義父が病気になったのも、何が悪かったのか‥と言っていました。
なので、嫁の私が看取りを請け負ったことで、肩の荷が降り、ストレスが激減して落ち着いた様子です。
義父とお別れをするために急遽外出させる時、精神科の保護室にいたのですが、義母はしっかりと喪主を務めあげました。
(帰院後は保護室から出られたくらいです)
肩の荷が降りたのと同時に、状況が状況なので人に構ってもらえますし、ある意味主役と言いますか…そう言った状況はとても好きです。
夫が亡くなったと言う状況は、義母にとっては悲劇のヒロインになれるので都合が良かったのです…
ひどい言い方ですが、実際にそうなのです…そう言う思考(無意識ですが)の方はいます。善悪ではなく、好み…みたいなものです。
お通夜や葬儀の時に、我が家で看取ったことを知った方々が私にたくさん声をかけてくれました。
いいお嫁さんだわ…
私にはできないよ…
でも、実質5日だけでしたしね💦
介護のような仕事をしていたことがあったのもよかったのだと思います。
我が家でお世話をする上で何よりも重要なことは…
義父と私はものすごく波長が合っていたと言うこと。
義父であれば介護が全然苦ではなかったんです。
(最初はオムツ交換にお互いに遠慮がありましたが笑)
逆に義母は多分見られません笑 ごめんー!
なんなら、義父がレンタルしていたベッドが無くなり寂しいとさえ思いました…
最後に会話を交わす人に、私を選んでくださりありがとうございました。
今は肉体から解放されて、楽しく過ごしていると思います
なんなら、まだお家にいるのかな?
心残りは、やりたいと言っていたネット競馬をさせてあげられなかったこと…!
近々私がやるから、憑依して楽しんでもらおうかな
お墓や仏壇も義母が強行して決めたので、次は四十九日ですね。
義母が元気になってしまって逆に困っています…誰か止めて
元気になっていいじゃん!と思うでしょう…
振り回し系なんです…
正直入院していてもらった方がいいです
義父、心配していたのにね…ちょっと義父に同情します…亡くなったら途端に元気になるなんて…
なにはともあれ、穏やかに義父を送り出せて良かったと思っています
本当に、支援に入ってくださった方々が皆さん良い方々で救われました。
そこに泣きました…
お通夜や葬儀についてはまた後日…
また義母から鬼LINEが来るんでね…
落ち着かないなら主治医に連絡ですね…
今回も長文にも関わらず、お読みいただきありがとうございました