そんなときは。
バランスボールで伸びましょう。
肩甲骨周りが伸びるのを感じると、なぜか気持ちまで少しすっきりするのです。不思議ですね。でも心も体も私であって、連動していて当然のことといえば当然のことなんですよね。
さて、疲れています。これまでになく疲れています。ただ一ついいことは、疲れていることを自覚していること。疲れている原因もはっきりしていること。何事もまずは認識することが大事ですもんね。
ついに先日三十路をむかえた私は、自分のカラダがすでに老体だと暗示をかけすぎているのでしょうか。まぁそれもありますが、そうですね。いま、恐れていることがあります。それは、年始ーーつまり三が日のスケジュール。
母の両親である祖父母と同居し、父方の祖父母も車で15分で会いに行ける距離に居住しており、帰省の習慣がない私にとって、入籍後から最も苦痛としている既婚者科目がこの「お正月の帰省」だ。
なぜ。忙しい一年の締めくくりと始まりくらい、自分の時間としてゆっくり使いたい。にもかかわらず!! 当然のように「お正月はいつくるの」とこうだ。「どうするの」ではなく、「いつ来るの」。つまり行く以外に選択肢はないのだ。もはや苦行以外のなにものでもない。
夫の両親が住むマンションまで2人で行くのに要するのは、手土産もいれて往復6万。6万もかけたら客室露天付きの旅館に2泊いける。ああなんと悔しいことよ。さらにはだ。訳あって(夫が原因)執り行わなかった挙式について会うたびに言及される。私だけ。なぜやらない、どうするつもりだとつめられる。GWはあまりにつらくて、1人着替えるふりをして和室にこもって泣いた。
またあんな空間に笑顔で乗り込むのか……と思うと氷点下の夜を狙って樹海に眠りに行きたくなる。
……と、ここまで書いて昨晩は寝落ちしてしまった。バランスボールで伸びたあと、思うがままに指をタップさせたあとの睡眠。まぁその効果の素晴らしいこと。今朝方、最近お目にかかることのなかった初本気恋のあの人が夢にでてきた。
早朝の駅構内。人混みの中に出勤途中の彼の姿を見つけた私は、斜めに横に行き交うサラリーマンの波を駆け抜けた。周りには賑やかに登校する制服姿の彼の教え子たちも歩いているが、彼は生徒に許されている登校ルートとは異なる、エスカレーターを使用する別ルートへ向かう。
エスカレーター降りたら、話しかけられるーー気持ちが高揚するのを感じた。
と、同じ学年の卒業生がふいに現れ、なにやら書類を渡しに近づき、2人で下りのエスカレーターに乗り込んだ。すかさず私も3段後ろに飛び乗る。
私のすべての事情を知る、クールながら優しい友人である彼女は、私に気づくと手早く書類の説明をすませて彼に会釈し、私にアイコンタクトをしたかと思うとエスカレーターを降りてまたすっとどこかへ消えていった。
よし今だーー。
もう昔ほどの思い切りもいらない。こんにちは、と彼の隣に並んだ。降参、とでも言いたげに小さく笑って返してくる「こんにちは」。ーー懐かしい、この感じ。私が後ろにいたの、気づいてたんでしょ。そろそろ来るな、ってわかってたんでしょ。
「ちょっとだけ、一緒に行ってもいいですか?」
「ん、どうぞ」
生徒に見られてもいいように、2人とも顔は前に向けたまま。少しだけ離れてできるだけスタスタ歩く。
昔と変わらず、穏やかな目で、多くを語らず。隣を陣取る私を拒むでもなく、喜んで見せるでもなく。でも「喜んでるのを隠してる? 」と思いたくなるような、まっすぐ前を向いたままどこか気まずそうにはにかむ姿は、一回り上ながらグッとくるかわいさがあった。
懐かしいなぁ、この身長差。
懐かしいなぁ、このほんの少し腕に体温が伝わってきそうなほどの、絶妙な距離感。
もう少しだけ、一緒に歩きたいーー
もう少しだけ、隣を歩きたいーー
そう思った瞬間、声が降ってきた。
「時間、大丈夫かぇ」
ありがとう、夫よ。
あと30分で始業だ。しかしだ夫よ、ああなぜ君なのだ。実にがっくりとして迎えた目覚めだった。が、久しぶりに幸せな夢をみてご機嫌なのは心だけでない、カラダもだった。肩凝りもなく、軽い。
今日はカゼがしんどいから休むわ、という夫の声を背に浴びながら、 清々しい朝を自転車ですべりぬけて出社。懐かしく温かいたった数分の夢の記憶を何度も思い返しながら。夢ってときに、本当に夢を見せてくれるから、好きよ。いくらほとんどがサバイバルゲームで日々恐ろしい思いをさせられているとしても。
これが、バランスボールを用いた生活のとある一例です。皆さん、「疲れてしまった」ーーそんなときは。バランスボールで伸びましょう。
そしてすべてを忘れて、すべてを思い出して。
さぁ今宵もよい夢を。