そんなようなテーマのwebコラムを読むと
だいたい夫の特徴が当てはまる。

●束縛が激しい
●外で平気で「こいつ、バカでさ」と本人の前で悪口をふれまわる
●人たらし
●女をメスだと思っている
●ケチ
●服装(露出度など)にうるさい
●家事は女の仕事だと思っている
●亭主関白の実家で育っている
●ケンカすると手がでる

そりゃそーだろ、とこれを読む人は口を揃えて言うだろう。
でも悲しいかな、そんな男に人生の貴重な時間を費やしている人間は当事者である限りそのことに気づかないのだ。

自分でも不思議だ、なんで気づかなかったんだろう。
なんでヨシとしてしまっていたんだろう。
自分が我慢して相手を育てていくのが誠意だと信じて疑わなかった。

だから入籍して同居を始めてからも
毎日部屋をピカピカにして、美味しい料理をつくり
彼の嫌がることは我慢をしてすごしていた。


でも、幸いなことに私は気づくことができた。
この男にくれてやる幸せなどない、ということに。

入籍から2年半ほどがたったとある日も、そんな不幸になるべき男は
私の眼の前で私への愚痴を楽しそうにふれまわっていた。


あるバーでの出来事である。


「仲よさそうにしてるけど、不満くらいあるんでしょ。3つずつくらいあげてみて。溜め込むと爆発するけど、案外口に出すと、お互いこんなことで悩んでたんだ、って気がらくになることあるよ」とマスターが言う。

夫はすかさず
「彼女が不満に思っていることはわかるよ。
靴を揃えない、便座を締めない、音を立てて食事をする」という。

しんでしまえと思いながら笑顔で、当たってるねーと応える。

「で? じゃあ旦那さんの方は?」

「俺が直して欲しいのはねぇ、仕事で帰りが遅い、ご飯作らない、掃除しない、この3つかな」
嬉しそうに夫の言う。

「そうね、私なにもしないから」

「えー、なんかキレイにしてそうなのにそれはありえんなー」
正直なマスターがドン引きする。

そして最後まで夫は実に楽しそうに私の愚痴を言いつづけた。
身の安全のために私が本心を明かさないことに、1ミリだって気づくこともなく。


なんてバカな人間なのだろう。

私が部屋の掃除をしなくなったのは、料理をほとんど作らなくなったのは、仕事をガッツリやりだすようになったのは
すべて「あの日」が界なことに気づかないような人間がこの世に存在しようとは。


いや、そもそもなにも事件が起きていなかったとしても
1人で料理して食べたら食器も調理器具もそのまま、鼻をかんだティッシュをテーブルやベッドサイドに山盛りにし続ける(足元にゴミ箱あり)、飲み終わったペットボトルをテーブルに並べる、靴下は椅子の下に脱ぎっぱなし、服は脱いだところで脱いだままの形で放置、3年住んでる地域のゴミの日もわからないーーそんな30代男の世話をする義理は妻であろうとないのだ。
子供以下だ。義家族が謝罪のうえ、自主回収マストというレベル。ときたまふと固まって自分に問うことがある。ここは熊の飼育場なのか……?  と。それはそれは真剣に。



今現在、1mmでも以下のように考えている、同棲・半同棲している世の女性たちに告ぐ。

・結婚したら変わってくれるはず
・結婚したら、自分にも責任感が芽生えて彼の世話を真剣にやるから2人の生活は改善できる

そんな考えは、現実が見えていない、もしくは未来を現実的に見ることができていない己の、じつに愚かな逃げ口上である。

・結婚したら今の不満の原因は治るどころかエスカレートの一途をたどり、不満はただの怒りへとなっていくのみ
・「結婚もしてないのにこんなことできるか」は、結婚したら「妻はこんなことするための使用人じゃない」に変わるのみ


なのだ。もし「そんなことないもん、私と彼は違うもん」というのなら、それはただあなたが「結婚がしたい」だけの恥ずかしい夢見る少女なだけだ。その証拠に、そんなあなたは一度だけでもこんな考えが頭をよぎったことがあるだろう。「もし今の彼と別れたって早々出会いもないし、もし出会えても、また1から関係を作り直すのも大変だしな……」
ーーもちろん、別に悪いことではない。出会いからやり直す労力と引き換えに、難ありな彼を選ぶのもまた、一つの立派な選択肢である。
でもそこで選択をしたのなら、結婚後に愚痴る権利はないのだ、というハナシ。


腑に落ちないというのなら、テレビやスマホに夢中な30代夫をあやしながら根気よくゴミ箱を目の前に差し出し、「はい入れて」と毎回やる私の姿を見るがよい。そのやり取りのなんたるやアホらしいことか。



もしタイムマシンで戻れるのなら私は、「こんな男はやめておけ」なんて言わない。
もっと前に戻って、決して出会うことのない選択肢を無理矢理にでも選ばせる。


それで私の心は、身体は、どんなに清々しく三十路をむかえられていたことだろう。
今はただ、六十を迎える私にそんな思いをさせないように常に自身の感覚を覚醒させ、維持していくのみだ。