キミキミ ~天才ふたり (Pt.12)~ | まだまだキミキス妄想BLOG

キミキミ ~天才ふたり (Pt.12)~

********* VII **********


 こうして瑛理子のコーチをすることになったところで、勉強に戻った。

「そういえば、ひとつ気になっていることがあるんだけど」
 ひとつ思い出したことがあって、ノートにシャープペンシルを走らせながら瑛理子に言った。
「何?」
「食堂で話した時、暗記とか理屈っぽいのが苦手でも問題ないかもしれないって言っていたじゃない?」
「ああ、そういえば、そんなことを言ったわね」
「どうして、問題ないの?」
「その苦手というのが、思い込みに過ぎないからよ」
「え?」
 思い込みって・・・どういうこと?
「明日夏って、中学まではそんなに成績が悪くなかったんじゃない?」
「そうだけど・・・どうしてわかるの?」
「その前にもうひとつ質問させて。あなた推薦じゃなくて一般入試でこの高校に入ったでしょ?」
「それも当たり。瑛理子って、もしかして天才?」
「ええ。ご存知のとおり、そう呼ばれているわ」
「あ・・・そうか」
「もし明日夏が女子サッカー部所属なら、スポーツ推薦の可能性がある。だけど、実際はこの高校に女子サッカー部はなく、男子サッカー部所属でしょ?それくらいサッカーが好きなあなたが、他の運動部を志望するとは思えない。ということは、スポーツ推薦の可能性が極めて低くなるわ」
「なるほど・・・」
「実は私も一般なのよ。推薦でも良かったんだけど、高校入試問題がどんなものなのか、見てみたかったから。・・・気を悪くしないでね」
「大丈夫だけど・・・さすが瑛理子。余裕だね」
「ここの入試、そんなに簡単とは言えないし、トリッキーな問題も少なくはなかったわ」
「でも、瑛理子には簡単すぎたんじゃない?」
「そうね。でも、決してまぐれで正解できる問題ではない。それが正直な感想よ。それをクリアしてこの高校に入ったということは、明日夏にはそれなりの実力があった・・・そう考えたのよ」
「そう言ってもらえると、ちょっとうれしいかな・・・」
 相手が瑛理子なだけにね。
「ところで、中学校でもある程度は理屈だとか暗記だとかが必要だったんじゃない?」
「うん・・・・・・正直、どうしていまこんなに授業が理解できないのか、わからないの。あの頃は大丈夫だったのに」
「簡単よ。インプット量が明日夏の理解能力を上回ったからだわ」
「言われてみれば・・・確か高校に入ったら覚えることが多くなって。だけどなんとか覚えなきゃって思ったら混乱しちゃって・・・結局、何も頭に入らなくなっちゃったんだよね」
「無理に全部を頭に入れようとすると、そうなっても仕方ないわ」
「そうだね」
「今の明日夏には、授業の内容を全部覚えるのは無理・・・まずは、この事実を受け入れる必要があるわ」
「でも、それだと今度のテストはやばくない?」
「そうでもないわ。いい?今回のあなたのノルマは赤点を取らないこと・・・言い換えれば、すべての教科で学年平均点の半分を超えること。ピッタリではアウト・・・これが前提となるわ」
「うん。わかってる」
「じゃあ、問題。確実にこのノルマをクリアするためには、何点取ればいい?」
「え?・・・・・・えっと・・・・・51点、かな?」
「どうして?」
「試験は100点満点だから、平均点も最大100点だよね?その半分は50点だから、これを超える点数は51点になるよね?」
「惜しいけど、違うわ。よく考えてみて」
「えっと・・・・・・あ、そうか。50点でいいんだ」
「どうして?」
「ひとりでも99点以下を取ったら平均点は100点にはならないから、赤点ラインも49点台以下になる。だから、50点取れば赤点ラインを超えられるんだね」
「そういうこと。少しは頭の体操になった?」
「うん」
「そういうわけで、テストで半分正解できれば確実にノルマをクリアできることになるわ。となれば、テスト範囲全体をすべて覚えようとするのは得策ではない。もちろん、この先のことを考えればいつかはすべてマスターしなければならないけど、その『いつか』を今回の中間テストに設定するのは、あまりにも無謀だわ」
「なるほど・・・」
「あと、今朝も言ったけど、私が明日夏に手を貸す目的は今回のテストで課題をクリアするためじゃない。あくまで、長期的に成績を上げていくための手助けをするためよ」
「うん」
「そういうわけだから、あまりテスト範囲に時間をかけたくはない。だから、テスト範囲については6割くらいのカバー率を目標に、中間テストの先でも必要となる知識を優先して教えることにするわ」
「6割?5割じゃなくて?」
「5割だと、覚え切れなかった時とか、テストでミスをした時のリスクが高くなるでしょう?ある程度は余裕を見る必要があるのよ」
「なるほど・・・・・・」

 瑛理子って、本当に頭がいいんだなあ。
 話をしていて、そう思った。
 ただ勉強ができるだけじゃなくて、頭の回転がすごく速い。
 だって、1日で今の話を考えたわけでしょ?

「こんどの球技大会、2-Bは手ごわそうだなあ」
「・・・どうして球技大会の話になるのよ?」
「だって、瑛理子がキャプテンだったら、すごい作戦が飛び出しそうだから」
「駄目よ。私、スポーツの知識は全然ないから、どんな作戦を立てたらいいのかわからないわ」
「それは私に任せてくれれば大丈夫だよ」
「いいの?別のクラスの人間にアドバイスをして」
「う・・・」
 そういえば・・・クラスのみんなに怒られるかも。
「ま、まあ、自分から言い出したんだし、いいわよ。気にしないで」
「・・・考えてなかったのね」
「あはは・・・それより、勉強勉強」
「明日夏が話を逸らしたんでしょう?」
「あはははは・・・にしても、6割狙いかあ。ちょっと心配」
「気楽にやればいいわよ。取りこぼしを想定しているし、実際の平均点は良くて60点台なんだから」
「じゃあ、逆に取りこぼさなければ・・・」
「平均点越えもありうるわね」
「そう思うと、なんだか越えてみたくなる・・・」
「そうやってポジティブに考えておけばいいわ。心配なんて、時間の無駄でしかないのだから」
「そうだね」

 再び参考書とノートに視線を移す。
 なんだか、さっきよりシャープペンシルが軽やかに動いている気がする。
 何より、心がとても軽くなったし。

「瑛理子って、名コーチかもしれない」
「えっ!?」
 何気なく言った私の言葉に、瑛理子はかなり大きなリアクションをした。
「ど・・・どこが名コーチなのよ?」
「瑛理子のおかげで、すごくモチベーションが上がったから。名コーチって、こうやって選手のメンタルをコントロールするのが上手いのよ」
「そんなつもりで話をしたんじゃないわよ・・・」
「・・・クス」
 明らかに照れている瑛理子を見て、思わず笑ってしまった。
「な、何よ?」
「照れている瑛理子、星乃さんみたいでかわいい」
「ゆ、結美みたいって・・・変なことを言わないで」

「あの・・・私がどうかしたの?」

 その時、星乃さんが再び私たちのいるテーブルにやってきた。
「あ、星乃さん」
「私みたいって、聞こえたけど・・・」
「な、なんでもないわ!それより、図書委員の仕事はもう終わったの?」
 瑛理子は話を逸らした。
「もうすぐ終わるんだけど、さっきの本を借りるなら受付に一度来てほしいって、伝えに来たの」
「そうか・・・貸し出しの手続きをしないといけないのね」
 瑛理子が面倒くさそうに言った。
「これ、私が使うんだよね?」
「ええ。だから明日夏が借りればいいわ」
「わかった。じゃあ、ちょっと受付に行ってくる」
「行ってらっしゃい」
 私は星乃さんと並んで受付に向かった。
「二見さんとの勉強って、楽しい?」
 少しして、星乃さんが訊いてきた。
「うん、楽しいけど、どうして?」
「咲野さん、楽しそうな顔をしているから」
「え?そんな顔してる?」
「うん」
「そっか・・・私、気持ちが顔に出ちゃうんだよね」
「フフッ」
 思わず頭を掻いた私を見て、星乃さんが笑顔を見せた。

 ・・・・・・かわいいな。
 うらやましいくらいに。

 男子たち、「星乃さんは可愛いんだけど、これといって目立った所がないから、二つ名が思いつかないんだよなー」なんて嘆いていたけど。
 彼らは、この笑顔を知っているのかな?
 そういう意味では、瑛理子も勘違いされているように思える。
 まだ知り合って丸1日ちょっとしか経っていないけど、なんか《絶対零度の知性》って感じじゃないんだよね。
 まあ、他人の評価なんて、そんなものなのかもしれないけど。
 

 あ、そうだ。
 星乃さんには悪いけど、ちょっとアレを確かめてみようかな?
「・・・笑った星乃さんって、かわいいね」
「えっ!?」
 星乃さんの顔から笑顔が消えて、たちまち真っ赤になった。
「い、いきなりそんなことを言わないで・・・」


 ほら。
 やっぱり、似てるじゃない。

 ちらりと後ろを振り返りながら、心の中で瑛理子に言ってやった。