あの光景を見て、ふと思い出したことがある。

高校1年生のとき、
男子バレー部に入部して初めて、
先輩達の試合を応援しにいった時のことだ。

結果は惨敗で、顧問の先生が先輩達のことを叱った全体ミーティングでの締めの言葉。


僕達1年生は基本的には全員応援参加と言われていたものの、
中には来れなかった1年生もいる。

その日のミーティング内容は、
今後のチームを引き締めるためにも非常に重要なものであった。

先生はそれらを加味して、

今日来られなかった人達にどうしても伝えて欲しかったのだ。

だからこそ先生は、

僕達1年にさらっとこう言った。



「今日のこのミーティングのことは必ず、

必ず、

今日来れなかった

メンボーにも伝えておいてくれ」


と。


…耳を疑った。

そして僕はまず、

今日来れなかった同級生の
「メンバー」の中に、

「メンボー」がいないかどうか探した。

でもいなかった。

そして僕は気づいた。

先生はこの大事なミーティングの最後に、

「メンバー」と

「メンボー」


いや、「綿棒」

を言い間違えたのだ、と。
耳が痒かった、

いや、腹が痛かった。

メンバー⇒メンボー

の言い間違いの有り得なさに。

そして言い間違えたまま訂正もせず、
ミーティングをやり通した先生の勇気に。


そんな懐かしいことを思い出させてくれた、

ドラッグストアの山積みの綿棒。
社会人ともなると、
会議というものはありますよね。

そんな僕も先日、会議に出席しました。

会議と言っても一方的に話を聞かされるだけの、説明会のような形式のものですが。

そしてまた、

時間は昼休み明けすぐ。


条件は揃ってました。



眠い。

進行するにつれ、

自分でも意識が薄れていくのが感じ取れる。


でもっ!!

社会人たるもの、
会議中に寝るなんて絶対にしてはいけない。

なんとしても会議に出席した証を残さなければ、

自分がここに居た証を!


そんな気持ちが働いたのでしょう、

会議終了後に自分の資料に目をやると、


めちゃめちゃ不安定な文字でうっすらと、




『ツナマヨ』



って書き込んでありました。

目を疑いました。


なぜ意識が薄れていく中で書き込んだ言葉が、

『ツナマヨ』であったのか、
それはわかりません。

ただ、無意識の中で何かを残そうと必死にチョイスした言葉がそれであったのでしょう。
約2ヶ月半ぶりに実家に帰省。

実家の自転車を借りて駅に行こうと思ったわけです。

自転車置場に行って、

『この自転車に乗るのも久しぶりだなぁ』


なんて、

しみじみ思いながら


ふとパッて自転車のかご見たら



…おいなりさんが1個入ってました。


どの過程で(入った)!?

しかも揚げのしっとり感!

そう時間は経ってないおいなりさん。

地域住民の嫌がらせにしてはちっちゃいし、

なんだったんだろ。


何より、

おいなりさん、久々に見たなぁー。