『救う』という言葉を想像する時、私の頭の中では『掬う』動作が行われています。そういうイメージです。


どろどろになったものを、一回で綺麗にスパッと掬うなんてことは無理で。


アクを掬うみたいに、何度も何度も。少しずつ。


『救い』も一緒かなって。


簡単にはいかない。

でも、少しずつ、丁寧に手を近づけて。


何度も。


大変かもしれない。

でも、そう。簡単じゃないのだ。


しかし確実に、アクは減っていると信じて手を動かすのさ。