この前、たまたま新聞の読者投稿欄を見たら(普段は読まない)、「高額な戒名はいらない」という記事が載っていた
その通りだと思うし、間違っているとも思う
だいた、名前を付けるのに何十万、何百万も請求する神経を疑ってしまう
この前、戒名管理ソフトなるものがあるのを知った
生前の仕事や趣味などで、はじき出すようだけど、その程度も考えられない坊さんのお寺に所属するのは嫌だな
それに、そんなもので名前を付けて高額なお布施を請求するのはどうかと思う

ただ、戒名が高額になってしまったのは、信者側にも問題があるのだと思う
唯々諾々と支払ってきた現実があるのだから
高ければいいと思っている人がいるのだから
最初からいくらなのか聞けばいいのだし、嫌なら拒否すれば良い
都合よくお祓いをしてもらい、都合が悪くなれば文句を言う
単に自分勝手なだけだろう
常日頃から、住職さんと話をしておけばこんなことにならない

お寺を維持するにはお金がかかるのも事実だと思う
普通の家でもリフォームやメンテナンスがいるのだから、お金は相当かかるだろう
やはり、どこかに収入の道を見つけねばいけないのだと思う
信者であるならば、「口は出すけど金は出さん」はやはり通らない

生きてる間に相談して、好きな院号や戒名をもらっておけばいいじゃないですか?
そうすれば、遺された家族は何の心配もない
それでも、高額のお布施や戒名料を請求されたら、お寺を捨てれば良い
信教の自由があるのだから、別に移っても構わないじゃないですか?
全部が全部そんなお坊さんばかりではないでしょう

今日の結論
「葬式仏教と呼ばれて久しい。でも、それを求めたのも事実じゃないでしょうか?」