この児は、一体どういうつもりでついてくるのか、それは、わかりませんでしたが、本当の子供なので、どこへでも連れて行ってくれる優しい伯父さんと無邪気な心持でいるのだろうと思っていました。私にしたって、それ以上の素振りは見せませんでした。あの時分の、淡い、夢のような月日のことを考えだすと、お伽噺の世界にでもすんでいたようで、もう一度、ああいう罪のない二人になってみたいと、いまでも私は思わずにいられません。
満員の活動小屋で、立ち見をしているときなど、見づらそうにしている彼女に、
「どうだね、サユミちゃん、見えるかね」
「いいえ、ちっとも見えないわ」
と云いながら、背伸びをして一生懸命客の首と首の間から覗こうとする。
「それじゃあ、見えないよ。この木の上にのっかって私の肩につかまってご覧」
そう云って、彼女を下から持ち上げて横木に腰かけさせる。すると、彼女は足をぶらんぶらんさせながら、片手をしっかり私の肩において、息をこらして絵の方を一心に見つめる。
「面白いかい」
「面白いわ」
手を叩いて愉快がったりすることはなく、じっと黙って、賢い犬が遠い物音を聞き澄ましているように、悧巧そうな眼をパッチリ開いて見物しているのをみていると、よほど活動写真がすきなのだとうなづかれました。
「サユミちゃん、おなかは減ってないかい」
「いいえ、なんにも食べたくない」
と云う事もありますが、減っているときは遠慮なく「ええ」と云うのが常でありました。そして、洋食なら洋食、お蕎麦ならお蕎麦と、尋ねられればハッキリと食べたいものを答える、サユミはそんな児でありました。このころになると、何だか彼女に一種の神々しさ、有り難さと云うものを感じるようになっていました。無論、15の無垢な小娘ではありますが、どこか侵しがたい雰囲気を持つ不思議な児だという感じをうけました。
