けれども、サユミ以上の美人はないときめていたわけではありません。電車のなか、帝劇の廊下、銀座通り、そう云う場所ですれ違う令嬢のうちには、云うまでもなくサユミ以上に美しい人がたくさんあった。器量が良くなるかどうかは、将来の問題であって、15やそこらの小娘ではこれから先が楽しみであり、心配でもあった。ですから、私の最初の計画は、とにかくこの児を引き取って世話をしてやりたい。望みがありそうなら、大いに教育をしてやって、自分の妻に貰い受けても差し支えはない、とその程度だったのです。一面から云うと、女に同情した結果なのですが、他の一面には、あまりに単調な暮らしに一点の色彩を添えたいと云うこともありました。花を飾るとか、台所の用事とか女中の役でもしてくれればいい、だいたいそんな考えでした。
それなら、なぜ相当のところから嫁を迎えて正式な家庭を作ろうとしなかったのか。要するに、結婚するだけの勇気がなかったのです。一体、私は常識的な人間で、突飛なことはしもできもしませんでしたが、結婚に関しては、当時にしてはハイカラな意見を持っていました。見合い、結納、輿入れ、新婚旅行・・・・・と随分面倒あ手続きを踏まねば結婚はできませんが、そう云うのが私はどうも嫌いでした。結婚するなら、もっと自由な形式でしたいものだと考えていました。また、一度や二度の見合いで一生の伴侶を定めるなんて馬鹿げていると思いますし、何も、財産家の娘や教育のある偉い女がほしいわけでもないのですから、サユミのような少女を引き取って、徐にその成長を見届けてから、気に入ったらば妻に貰えばよいという考えがありました。七面倒臭いことを抜きにして、一人の少女を友達にして、朝夕発育のさまを眺めながら、呑気にたわいのないままごとがしたかっただけなのかもしれません。