発生から14日目を迎えた。

被災された方々には、数知れない苦しい思いと尊い命

その中に、目に入って来た記事がありました

こちら、札幌の北海道新聞32ページ右下
見出しは、「海産工房」の夢 津波のむ
北海道の音更という、帯広市の北に位置したアイヌ語で「オトプケ」
「川の流れが乱れた髪の毛のようだったから」という説と、
「河川に密生する柳の様子が髪の毛のようだったから」という説が存在する。
結婚して、奥さんの実家の漁業を手伝い・・そして、
奥さんの実家の仕事と関係のある岩手県大槌町に夫婦で移り住む
水産加工業を営み、13年目で授かった子どもの名を
社名に付けたそうです(後を継がせる思いもあったそうですが)
それは突然、家族は波にのまれる
海岸から500m離れた自宅近くの軽自動車内で
ご主人は,2歳の子どもを抱きしめながら
奥さんは,流されて別の地区で見つかったそうです
11日、午後2時50分ごろ
地震直後、ご主人は音更町の姉へ『こっちは凄い地震だ。
北海道も揺れるかもしれないから気をつけて。
地震が大きくなってきたから避難するね』
・・・
その言葉が最後でした
ご主人のお兄さんが、音更から
21日、遺体安置所で親子を確認
奥さんは,その後だったらしいです
22日に、二人の遺体を車で音更へ
その、親子の帰りを待っていたかの様に
ガンを患い帯広市内の病院で闘病中だった
ご主人のお父さんが
22日の夕方、息を引き取ったとの事
親は無くとも子は育つ
そうですね
でも、
子を思う
親の気持ちは
空よりも広く
海よりも深いと言う事が
この記事より
読み取れる事が出来ました
被災された 3人の命と
待ちわびて
病で 倒れた一人の命
遠くの空で
仲良く暮らしている事を
祈らずにいられない


ご冥福をお祈り致します
ある記事より