なかなかパソコンに向かうことも出来ず、ようやく一段落着きました。


約1ヶ月で胃ガンで逝ってしまった実父のことを綴っておきたいと思います。



8月3日に末期ガンの告知を初診時に受け、父はガックリして帰ってきました。


8月7日 あまりの辛さに救急車で、入院先が決まっている病院へ運ばれました。


たいした処置もされず、その晩は帰宅させられました。




8月9日、入院。消化器内科の医師との面談。


8月15日、腫瘍内科の医師との面談。


抗がん剤をやるか、やらないかの選択を迫られる。


8月17日、家族会議の結果、抗がん剤をやっても体力がもたないだろうということで、抗がん剤はやらないと決断。父は、判断能力がなくなっていた。


その旨を医師に話すと父のいる病室へやってきて「ミーシャのお父さん、緩和の病院とかホスピス行きでいいんですね!」


6人部屋の他の人もいるのに、大声で聞こえるように言ったのには、あまりにも無神経で驚きました。

たぶん、この部屋の患者さん、私が見る限りガンの方だと思いましたが・・・。


その後、緩和ケア病棟のある病院やホスピスを探しましたが、どこも満床で、近くの有名なホスピスは

外来受診予約が12月と言われ、「そんなに待つのでは、死んじゃいますので、いいです」と電話を切りました。


2つの緩和ケアの病院を外来予約しましたが、外来面談まで行くことなく、9月6日、某大学病院にて死去。


私としては、ゆっくり休める緩和ケア病院やホスピスまで、なんとか持っていきたかったのが心残りです。


ホスピスなどは、絶対数病床が足りないのだということを知りました。



日に日に弱っていく父を見ているのが、とても辛かったです。


行くたびに管が増え、薬が増え・・・。


食べられなくなり、歩けなくなり、話せなくなり。


家族4人で最後に食べたガリガリくんのアイスは、しばらく思い出してしまって食べられませんね。



某大学病院の緩和チームに、母はかなり激怒していました。


7,8人でゾロゾロやってきて、モノ珍しそうに見ていったらしい。


まあね、教育機関でもあるから、仕方ないとは思うけど、医療者のはしくれだったら真面目にしてて下さいと思います。


苦しんでいる父にチャラチャラしたナースが「いかがですかぁ~?」にも呆れました。


どの医師が主治医なんだか、わからなかったけど「神様じゃないので、わかりません」とも言われ、


「はい、神様じゃないことくらいわかります」って言いましたけどね。


1ヶ月の間にこんな感じでした。


最後の一週間は、家族泊り込んで、父の側にいました。


常にいつ急変してもおかしくないと言われ、家族も緊迫してました。


私が泊り込もうとしていた日に、母と弟と私の3人で看取ることができ、一人で旅立たせることがなかったことには、後悔はありません。


その後、悲しむ暇もなく・・・(続く)