先日、凪(なぎ)さんのイヤイヤ期×シングルマザー(シンママ)という地獄のようなキツい時期との付き合い方を読みました。

冒頭の、時間に追われる朝の光景がとてもリアルで、胸が締めつけられました。子どもの気持ちを受け止めたいのに、仕事の時間は待ってくれない。頼れる人がいないなかで、育児も家事も自分の体調も一人で抱える。その苦しさが、飾らない言葉で丁寧に書かれています。

心に残った「泣き止ませなくても失敗ではない」という考え方

特に印象的だったのは、子どもを「泣き止ませる」ことだけをゴールにしないという考え方です。

子どもが泣き続けていると、親として何か間違えているように感じてしまうものだと思います。でも、気持ちを受け止めたうえで、安全を確保し、必要な支度を進めることも立派な対応です。「泣かせた=傷つけた」とは限らないという言葉には、追い詰められている方の呼吸を少し楽にする力があると感じました。

すべてを同じ丁寧さで対応しなくていい

イヤイヤを「危険があること」「時間が決まっていること」「急がなくていいこと」の三つに分ける方法も、現実的で取り入れやすい工夫だと思いました。

いつでも100点の対応を目指すのではなく、安全が関わるときは親が決め、急ぐときは先に進み、余裕のあるときには待つ。状況によって力のかけ方を変えることは、手抜きではなく、限られた余力を大切なところに使う知恵なのだと気づかされます。

「できなかったこと」より「守れたもの」を見る

この記事で最も心に残ったのは、「今日の最低ライン」を作り、できなかったことではなく、今日守れたものを見るという姿勢です。

子どもが何かを食べた。自分も水分をとった。必要な薬を飲んだ。親子で夜を迎えた。それだけでも、厳しい一日を生き抜いた大切な成果です。

冷凍食品や動画に頼ること、家事を休むこと、怒鳴りそうなときに少し離れること。どれも「親失格」の証拠ではなく、親子二人を守るための選択なのだというメッセージに、深い優しさを感じました。

完璧でなくても、関係は戻していける

怒ってしまった事実をなかったことにせず、落ち着いてから短く謝る。「失敗しないことより、失敗したあとに戻ってくる」という考え方も、とても大切だと思います。

育児に限らず、人との関係で一度も間違えないことはできません。それでも、相手を傷つけたことを認め、また向き合うことはできます。完璧さではなく、関係を修復する姿勢に目を向ける言葉は、多くの人の救いになるのではないでしょうか。

この記事は、きれいな成功談ではありません。うまくできない日も抱えながら、それでも親子で生活を続けてきた記録です。だからこそ説得力があり、同じように自分を責めている方へ、静かに寄り添う文章になっていると感じました。

「今日できなかったこと」ではなく、「今日守れたもの」を一つ思い出す。私も、苦しい日にこそ大切にしたい視点です。