先日、丁度 大地震から一月が経ち揺れも少し落ち着いて来たので
益城町の知人の会社を訪ね物資の差し入れと、お見舞いに行ってきました。
倉庫や社宅が傾き 早急に仮設住宅を手当てし社員たちが
何とか普通に生活出来るよう、行政の力を待たずして社員一同
頑張って復旧に精を出したとのことでした。
知人宅が有る地域は益城町でも被害が小さく倒壊した建物は
殆どなく、瓦屋根が落ちたり、ブロック塀が壊れたり、また壁に
亀裂がはいって傾いたりしたが、水は地域で独自に地下水を
くみ上げてるのでポンプの補修を技術屋の社員が懸命に直し
その点、不自由な日は3~4日で済んだとのことでしたが
昔からの集落では大きな道路を挟んで悲惨な姿に変わっていました
危険なため通行止めになってる箇所も多く、車では入れませんでしたが彼方此方で倒壊した建物が見るも無残な姿に変わっていました。
道路は大きく波打ちアスファルトが50センチは捲れあがってる箇所が何か所も有り、普通には歩けませんし、橋げたも通常の道路との境が
2~30センチも下がったり上がったりしてて、応急処置で何とか通れる状態ですし、幹線道路も陥没、隆起と自然の力の凄まじさ!
避難所では仮設トイレや、仮設の水洗い場、炊き出しなども何とか
出来ていましたが、まだまだ多くの被災者がテントや、体育館など
不自由な生活を強いられ、顔色も悪く多くの人々にドップリと疲れが見えました。
沢山のボランティアの人達も片付けだけでは無く、歌を歌ったり芸を披露したりと精神的な面の支えも頑張ってますが、やはり行政の早い対応が待ち望まれます。
とは言え、市や県の職員さんたちも大小の違いは有れど被災者ですので、やはり皆の顔にも疲れがしっかりと出ていました。
これから先も、色んな困難が待ち受けていますが 過去の歴史から見ても人間力の素晴らしさを大いに発揮し、再び元気な姿を取り戻す日が早くに訪れることを願いながら、明日は我が身で心して過ごさねば行けません!
他界された方々のご冥福を心からお祈りいたします!合掌
