あの日を思い出した。
あの日はすごい雪に一時なり、なんとも非情な気分にさせられた。
海沿いの実家の家族はみんな死んだと思いながら、
勤務先から自宅までの途方もない距離を歩いた。
元気な姿を迎えに行くのではなく、物言わぬ体を迎えに行くんだ・・・
そう思って何時間も歩いた。
悲しいと思うより、仕方のない諦めの気持ちしか沸いてこなかった。
それと黙々と自宅を目指し歩いてはいるけど、
自分の持ち家はどうなっているのか想像できなかった。
はたして帰る家はのこっているのか・・・・
でも歩いたことのない距離をひたすら歩くしかなかった。
みんなが家を目指して歩いていた。
自宅がどうなっているのかわからず、家族の安否もわからず、
携帯はつながらず、ただただ歩くしかない状況だった。
人間は、どうしようもない状況下になると、
不気味なほど淡々と、冷静に、諦めがつくものだと実感した。
翌日は空が青々していて、
ものすごい事が起きたのが嘘のようだった。
鳥が1匹も飛んでいなくて静かな空だった。
ラジオから聞こえる悲惨な状況には似合わない快晴だった。
1年経って思うこと。
変わるべきものが1番変化がないのは国。
この1年、居眠りでもしてたんだろうか。
実家家族は無事だったが、
家族だけではなく被災者全員に対して、
助かった事を後悔させるような対応だけは、この先してほしくない。





















