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Translator’s soliloquy

翻訳家の独り言

前に「犬型と猫型」というタイトルで、自身の女性観の一端を披露した。
お恥ずかしい限り。
恥の上塗りでその続きを書く。

外見的に猫タイプの女性に魅力を感じるのは理解できるとして、猫的性格の女性に惹かれるのはなぜなのだろう、ということをつらつら考えた。

「マゾだから」という指摘は受け付けません、悪しからず。

私は犬を飼った経験を有する者だが、端的に言って「これほど健気な生き物はいない」という結論に達している。

「猫は健気じゃない」と書くと猫派の方から叱られそうなので控えるが、では健気な女性に惹かれるかというと、これがどうもそうじゃないらしいので、そのあたりから解き明かそう。

実をいうと、健気な女性が苦手なのだ、ということに思い当たった。

「健気」を辞書で引くと、「幼く力の弱い者が困難な状況に立派に立ち向かう様」というような説明に出くわす。

「女子供」と書いて一般的な「弱者」を表すことでも分かるように、健気という言葉は壮年男子にはあまり用いない。

考えてもみてください、「健気な女性が好きだ」という男のなんと傲慢なことか。

そうか、女性を弱者と決めつけてしまうことに抵抗を感じているのだ。そう思って自分を褒めてやりたくなった。

人類が滅亡したら、犬は間違いなくその後を追うだろう。さもなければ、犬が犬でなくなるかだ。猫はたぶん猫のまま生き残る。人間への依存度という点で、もっと根源的に生存能力から言っても、猫は犬よりはるかに優れた生き物だと思う。




私は、きっと猫のようにタフな女性に憧れているのだ。
自尊心と言い換えてもいい。
世の女性のみなさん、どうか自分を強く持って生きてください。

弱者を装うことを「猫をかぶる」というけれど、あれは逆。
だまされてはいけません。