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Translator’s soliloquy

翻訳家の独り言

村上春樹氏は、若い頃にフィッツジェラルドの《グレート・ギャッツビー》を読んで感動し、60歳を過ぎたら翻訳に取り掛かろうと心に決めていたのだそうだ。

なぜ60歳なのかよく分からないが、大凡のところは想像がつく。

英語で書かれたものを日本語で表現するには経験と技術の蓄積が必要で、たぶん氏は、自分も60くらいまで精進すれば、この名作を訳すに相応しい経験と技術が身についているはず、と思慮されたのに違いない。

実際には、60歳になる前に「もうよかろう」と自ら禁を解き翻訳に着手したのだが、氏ほどの文学的才能をもってしても日本語に訳せない言葉があったというから驚く。

それが主人公ギャッツビーの口癖、「オールド・スポート」であることは、村上訳を手に取った方ならすでにご存知のはずだ。親しい男友達に対する呼び掛けで、単に「きみ」と訳せばそれで済むところ。確か野崎訳では、「親友」と訳出していたのではなかったか。私は「貴公」というのを思い浮かべたが、すぐに却下した。時代劇じゃあるまいし。

英国上流階級の出自を思わせるこの気取った言い回しは、それでなくとも翻訳困難なところに持ってきて、成り上がりの経歴詐称者であるギャッツビーの口を突いて出たとなると、ますます始末に困る。しかも彼はその呼び掛けを、唯一の理解者であるニック(小説の語り部)に対してのみ用いているのだ。

村上訳がすごいなあと思うのは、そのまま「オールド・スポート」とする以外にない、と開き直ったところ。自分が納得出来る訳語が存在しないのだから、原文のまま表記した。確かにカタカナ英語だが、これは同時にハルキ語でもあるのだ。それが受け入れられないのであれば、読んでいただかなくて結構、と村上氏は言っている(のだと思う)。

訳せない言葉に出会うたびに、翻訳者はこのような選択を強いられ、多くは妥協に走る。村上氏ほどの覚悟を持って訳している者はそうはいまい。私は、「オールド・スポート」には反対だが、氏の覚悟は尊敬に値すると思うし、その翻訳態度を是とする。

ところで、 “have a soft spot for~” をどう訳すかで長年悩んでいるのですが、どなたか適訳をご存知の方いらっしゃいませんか? 「そこ突かれるとヨワい」も悪くないのだけど、状況が限られてしまって。