6年ほど前から密かに書いてきたこのブログ。

本当に嵐さんへの想いを残したい日記のようなものでした。

中学、高校時代の悩みをここに愚痴ったこともありました。

 

あと1年で学生生活も終わります。

就活も始まり、面接のために自分を見つめなおす機会も増え、最近考えていることを

どうしてもどこかに残したかったのでここを選びました。

嵐さんにかける情熱の変化もありました。

 

 

割と驚かれるけど、私は就職で地元に戻るつもりは最初からありませんでした。

地元には小学生の時くらいしかいい思い出もなく、ノリが合う子も見つけられず

割と暗い学生時代でした。今となってはそんなこともあったなあと思えますが

当時の私はこのまま気の許せる友人が1人もできないのかと本気で思ってました。

 

両親は特に厳しいとかではありませんでしたが、母の機嫌を取ることに気を使っていました。

本気で喧嘩した覚えもないし、怒られれば素直に言うこと聞いておこうというスタンスだったと思います。

 

中学で1度仲間外れにされてから、人の顔色を気にすることばかりで、人付き合いのコツもつかめず常に

悩んでいました。

 

 

そんなストレスから救ってくれたのが嵐でした。

雑誌を集め、曲を覚え、DVDを見て、過去の映像をYouTubeで探し。

嵐を追いかけることが、生きがいだったのかもしれません。

 

大学生になり、地元を離れたことが私の転機だったと思います。

18年。とても狭い視野と世界で過ごしてきたのだと実感しました。

 

1番大きかったのは人との出会い。

今まで接したことのない性格の人たちとたくさん出会えました。初めて遠慮も、顔色を伺う必要もない友達ができました。

行動の範囲も広がり、親の許可を取る必要性も軽くなり、色々な場所に出かけました。

嵐のために初めて遠征ができました。小さな夢だったスキューバダイビングの免許も取れたし

自分に自信が持てるようになりました。

 

勝手に、母や地元の狭い世界に縛られていたんだと思います。

母が悪いのではなく、「こうしたい」と強い意思もなく、母のせいにして自分で行動しようとも思わなかった。

1人で買い物にも行けず、遠出や22時以降の帰宅は母が良く思っておらず、特に何もせずケータイをつつく日々。

その縛りから抜け、自分の意志で行動する(せざるを得なくなって)やっと楽しく生きられるようになりました。

誰からも好かれないと思っていた自分の周りにたくさんの人がいること。

幸せだなあと思います。

 

現実逃避する必要がなくなった今、嵐に前ほど依存することがなくなったことが、熱量の変化なのだと思います。

もちろん最低限追いかけてはいるし、大好きだけど、深追いではなく生活の一部として見ています。

周りから見たらまだまだどっぷり浸かっているのかもしれないけど(笑)

 

流れに漂って過ごした18年と

一人暮らしをして、自分の意志で過ごしてきた4年間。

圧倒的に濃い4年間を過ごせました。

 

地元がずっと負い目でした。地元を好きになれない自分が嫌でした。

でも最近になって、逃げるように地元を出たことは私にとっては正解だったのだと思います。

 

新たな人との出会いと、私を認めてくれた人たちへ感謝しながら残りの学生生活も社会人も

過ごしていきたいです。