そこは副社長が実際に知り合いのお店らしく、おしゃれなイタリアンレストランだった。

私と奈々子さんは2人で入店し、まずは奈々子さんのあれから付きまといなどは大丈夫なのかを尋ねた。

 

「瞳先生と会ってから、例の男の人はついてこなくなりました!瞳先生と会った日からぱったり止んだので、やっぱり瞳先生が私の守り神なのかもしれないです」

そういうとにっこり微笑んだ。

 

私は安心し、彼のことは依頼者と合流してから聞こうと思っていたので、最近の事で他に何か気になることや悩みはないかと聞いてみた。

彼女がいろいろ考えていると、男性が一人入店してきた。

私が入り口に目をやると、彼女も入口の方に視線を向けていた。

そしてそのまま一瞬動きが止まっていたので、どうしたの?と聞くと

「あの人、例のこの間の話の男性です。告白してきた人」

そう小声で言った。

私はそのリアクションを見る限り、そんなに嫌そうな素振りは見られなかったので一緒に食事するためにこう言った。

 

「なんか、せっかくなら喋ってみたいから、呼んで一緒に食べようか?笑」

 

すると彼女と依頼者の視線が合ったようでお互いに会釈をしている。

「私は瞳先生と喋りたいって気持ちもあるんですけど…瞳先生があの人をどう思うかを聞いてみたいので、分かりました。」

 

そう言うと彼女は依頼者がいる入口までいき、再び挨拶をしたあと、依頼者を連れてきた。

 

私はこの時初めて工作の依頼者と実際に会った。

その依頼者“石川さん”は小柄で童顔な男性だった。

ルックスがいいとか悪いとかそういう判断基準にひっかからないような顔だった。

言葉は悪いがなんというか、一番わかりやすくいうとモブキャラ感(背景のような人)がすごくて、こんな人が別れさせ屋の門を叩き100万円の依頼料を払ったり、挙句の果てに自分の知り合いに彼女を尾行させているのかと思うと、なんだがすごく驚いた。

 

じゃあどういう容姿の人だったら納得したのかと言われると、どんな容姿でも納得はできないのだが、本当に一度見たら忘れてしまいそうなくらい存在感の薄い人が一般的には驚くようなことをしているというそのギャップが凄かったのだ。

 

そして、申し訳ないがその時に頭に浮かんだのは、「奈々子さんはこの人とは絶対に付き合わないだろうな」という一言だった。

 

私はこの仕事を始めてから、容姿というのは大きな武器ではあるが、人間の魅力の度合いというのは容姿では測れないという事を痛感することが多い。
なので、第一印象でそこまでいいと思わなかった場合でもあとから人に好感を持つことは多いので、石川さんをもう少し観察することにした。

私はあくまでこのテーブルにいるうえで、石川さんのことをほとんど知らない人という設定だったので、自分から喋りかけた。

「奈々子さんと同じ職場の方なんですよね?斎藤と言います。お名前は?」

「石川です」

「石川さん。初めまして。私は占いをしていて、奈々子さんのお友達がもともと私のところに来てくれていた方で、その縁で仲良くなりました」

こう言うと、奈々子さんが喋り始めた。
「瞳先生はなんか、私の事何でも分かってくれるような気がするんですよね。本当に一番安心してお話ができます。」

これに対して石川さんはへ~というような形で頷くだけで、その後もほとんど会話をしなかった。
もちろん、工作など初めてでどうしたらいいか緊張したり戸惑ったりするのは理解できる。
ただ、せっかく私を挟んでいても想い人と会話ができるチャンスなのだ。
そして、このシチュエーションを望んだのも石川さん本人である。
それなのにいざその場になると手も足も出ない―こういうこともあるんだなと思った。

実際にこのように依頼者参加型の工作になると、何もできなくなってしまうという人や、やっぱりできないと言ってドタキャンしてしまう依頼者は結構多い。
私が別れさせ屋の工作員として実際にその場面に遭遇したり、電話で相談を受けたりした際にドタキャンをしてしまったという事を言われることも多い。

結局、その食事会は石川さんは喋らずじまいで、奈々子さんはそうなると私にばかり話しかけている状態だったので、全く盛り上がらなかった。
ただ、奈々子さんは牽制なのか最近連絡を取っていないと言っていた彼氏の話をし始めた。
おそらくここで石川さんに対して勘違いをされたら困ると思ったのだろう。
この状態を長く続けることもよくないなと思い、トイレに行く際に副社長に電話して、石川さんにそろそろ帰ると言って奈々子さんと二人きりにしてほしいと言った。

その後、石川さんが電話で席を立ち、そのあと用事ができたので帰ると言って席を立った。
これも私は驚いたことなのだが、石川さんはレストランに来て飲み物しかオーダーをしなかった。
もちろん私の分と奈々子さんの分の食事代を石川さんが払ってくれた(もともとは私が知り合いの店なので私が払う予定だった)形にしたので、3人分の食事代を払いたくなかったから自分の分を浮かせたのだろう。
ただ、その行動はとても不自然でレストランに来てドリンク一杯飲んだだけ?何をしに来たのだろう?とはおそらく奈々子さんというかその場にいたら誰もが思うだろう。
そういう部分の感覚や、人がどう思うかなどを想像する力が石川さんは少しちぐはぐな印象を受けた。
個人的には最初に感じた「奈々子さんはこの人と付き合わないだろうな」という気持ちは覆ることは無かった。
石川さんが帰った後奈々子さんはこう言った。
「職場以外で初めて会ったのですが、、なんかやっぱり変わってる人だと思いました。瞳先生が守り神と言ってくれてたからどんな人なのか少し知ってみようと思う気持ちでいたんですけど、どんな人なのかわからなかったし、私に好意がある?という割に喋らないし…もうあまり関わりたくないなと思っちゃいました…。でも守り神なんですよね?」

 

私はこう言われて一瞬、なんて返事をしたらいいか分からなかった。