喫茶店を開きたい若者が必死に働いて、好きな子と二人で夢をかなえるってninonさんの作品を読んで、アタシも喫茶店をやりたかったことを思い出した。

ついでにストリート演奏を始めたモチベーションも蘇ってきた。

 

彼がまだこっちにいるころ、自分で使える小遣いの額が少ないので、

「駅前でストリートでも演ってやろうかと思うよ」

と口にしたことがある。

アタシはこれを聞いてすぐ、

「え、今まで演ったことあるの?」

と尋ねた。彼はかぶりを振った。

「学生のころ東京で何回かしたことがあるけどこっちでは演ったことはない」

「え、じゃこっちでも演ってみたらいいじゃん。アタシサクラになるよ」

とアタシは焚きつけた。

けれど結局彼は一度もストリートに立つことはなかった。

 

その後ちょっとして、アタシは彼に喫茶店経営の夢を語った。

「ワンコインランチが売りでさ、おやつの時間には小さなケーキやクッキーをつけた美味しいコーヒーで営業さんたちに憩ってもらえるそんなお店。たまに弾き語りのライヴとかやって、あなたはパイプをくわえてカウンターの奥のリクライニングチェアに座ってギターをちゃらちゃら弾いてるの。

どお、よくない?」

彼はニコニコして「いいね」と言った。

 

「でもずっとカウンターにいるのも疲れるね」

「そしたらさ、気分転換と小遣い稼ぎにストリートいけば?」

「ストリート行くときはお小遣いもらわんと行かれへん」

彼がぼやき漫才みたいに関西弁で口を尖らした。アタシはふざけて関西弁を真似た。

「何ゆうてんの。小遣い稼ぎにストリート行く人に小遣いあげるわけないやん」

「ストリート演るときは見せ金がいるんや」

と彼が笑った。

「見せ金やったらこの前ちょろまかしたお使いのおつりでええやん」

「いやいや小銭やったらアカンねん、諭吉さんくらい入れとかんと」

哀れっぽい声の彼にアタシはどつく真似をしながら、

「アカンあかん何言うてんのアンタに諭吉さん渡したらあっちゅう間になくなってまうやん」

とまくし立てた。

そうしたら彼がひっくり返ってゲラゲラ笑った。付き合っていた三年間で、一番楽しそうな笑顔だった。

 

しかし、彼は結局路上に立つことはなかった。

 

 

それから数年後、職種変更によりメンヘルを再発させ時給を下げられ、いよいよ行き詰まったアタシは初めてギターを抱えて札幌の街角に立った。

ストリートで稼ごうと決めたのは多分にストリートストリート言いながらまったく実践しなかった彼への当てつけがあったのだと思う。

 

当てつけから始めたストリート。

でも結果として、ストリートに立てて、アタシはよかった。

 

当てつけてやろうと思わなけりゃ、ストリートには立てなかったと思うから。

だって怖いもん笑