〇〇な結果を手に入れたいな
と願いを放つことは同時に、
「それを手に入れるまでの過程を生きたいんだ」と
願いを放つこと。
それなのに、結果を手に入れることだけに囚われて
その過程を味わうこともせず、
体のメンテナンスもせず
心のメンテナンスもせず
いろんなものを犠牲にしたな・・・なんて
思いながら過ごしたら
たとえ手に入れたとしてもむなし気持ちになるだけ。
犠牲と取引きしたみたいになるだけ。
成果主義の苦しさって過程をないがしろにするから生まれる。
成果も、その成果を手に入れるまでの過程も
同じ物の違う側面。切り離せないもの。
だから、放つ願いそのものを疑ってみよう。
その願いには、必ずそれを手に入れるまでの人生もセットに
なっていて、その時間すら幸せに思うかどうかを
問いてみよう。
そうすれば
人から評価されたい とか
得だから とか
常識だから とか
他人目線の願いを放つことのむなしさに気づけるから。
他人目線の願いを叶えるまでの過程が自分の人生じゃないって
気づけるから。