3月3日は、家族で簡単に雛祭りのお祝いをしました
10年ぶりに日の目を浴びる雛壇笑。
人形たちも、さぞかし私のずぼらさにあきれていたことでしょう。
それにしても、雛壇出すのってかなり大変なんですね!
人形にひとつひとつ烏帽子被せたり、弓矢持たせたりするのは不器用な私にはかなり難易度の高い作業でした。
ちなみにこちらは、私の母の雛人形。
押入れから出したとき、人形たちは昭和44年の新聞紙にくるまっていました。
「東西線、まもなく開通」だって!!
母は40年ぶりに飾ったそうで…
ずぼらさは祖母から母、私へと遺伝しているようです笑
今年ぐらいは、と少し気合いを入れて、散らし寿司も作りました。
薔薇の花畑をイメージした散らし寿司ケーキです。
全体はこんなかんじ。
うちでは雛祭りには必ず散らし寿司とチキチキボーン、ポテトサラダが出ます。
この三点がないと春が来た感じがしません!
もうちょっとしたら外国へ行ってしまって、もしかしたらもう二度と日本には住まないのかもしれない、と思うと急にすべてが名残惜しくなってきて
ここでの毎日を愛しみながら大切にしていこうという気が起きるもんなんですね。
そんなわけで、いつもならなおざりにしてしまう日本の伝統行事にも愛着が湧き、やる気が出たのです。
余談ですが、癌で余命何か月って宣告されたときの気分ってこんなかんじなんじゃないかなぁ。
なんでもない毎日が、周りのすべてのものがきらきらしていて大切にしたいって思えるって末期癌患者が言っていたのを思い出したので…
春から就職する皆さんも、いま大学生活が無性に愛しく、眩しく感じていることと思います。
人間って、終りが来るって実感して初めていろいろ頑張れるんだなとか思ったりしています。
これが人生というより大きい視野に立つと、最後は死んで終りが来るんだと分かっていても、少なくとも私にはだいぶ先であんまり関係ないことのように感じられて、毎日をついだらだら過ごしてしまいます。
でも、本当は自分がいつ死ぬかなんて分からないわけで、生きている間は常に終わりを意識するべきなんだと思います。
そうすれば一日一日を丁寧に生きることができ、最期は「良い人生だったなー」って満足しながら死ねるんじゃないでしょうか。
哲学者の誰かが言っていた、生きるためには死を意識することが大切という言葉が初めて腑に落ちたのでした。
まぁ、まだ死なないけどね!笑