大賢者クロードシリーズ 番外編 ハンナ編 「君への想い ~とわに 永遠に~」

 

~私が長い人生で唯一愛した女性・明鈴ちゃんに捧げる~ 

 

 

≪エピローグ≫ 40歳の クロード・グラニエの手記

 これは、俺・クロード・ロキ・グラニエの、唯一心から愛した女性・ハンナへ贈る、俺の回顧録である。3人の子育てに追われる妻を見て、俺は、仕事の合間、この回顧録を書くこととする。

 

第一章         雨上がりの曇天

 

 シュザンヌ・シャイエと別れてから、3年の月日が経とうとしていた。

 クロード・(ロキ)・グラニエは、帝国の母の家からギルドに最初通っていたが、この年を契機に、資金もととのい、一人暮らしを始め、市内に居を構えた。そこはなかなか居心地のいいアパートだった。

 幼いころの約束。それから、従妹を救いたくて、必死に勉学に励んだ学生時代。そして、王宮勤め、ののちの、シュザンヌやノエリアたちとの、あの例の旅。

 『シュザンヌ、君は、泣いているんじゃなくて、いつだって、俺の前では笑っていてくれ。いつでも、幸せでいてくれ。笑顔でいてくれ。俺との、約束だ』と、シュザンヌと交わした、最期の約束。イブハールで悠久の時を過ごすであろうシュザンヌとハンスには、天国ですら、もう会うことはあるまい・・・・。

 シュザンヌに「泣くな」と言っていた割には、あの任務が終わって、旅が終わって帝国に帰ってきて、クロードは、思わず一人、部屋の中で、母には見せない涙を流したのだった。

「俺が、シュザンヌを救った・・・!ハンス兄さんと、幸せになることを、願って・・・」と呟き、どっとあふれ出る涙が止まらなかった。

 それ以来、抜け殻のようになったクロードは、涙を見せることもなく、10月の誕生日から、ギルド・イルミナティに入り、コツコツと任務をこなした。

 光の精霊に加え、人の通常の二倍の魔力、そして旅で得た、王笏座の3つの加護。『王の威厳』、『王の怒り』、『王の責務』の3つだ。

 これらの力を使い、クロードは着実にギルドでの地位・信用を得ていった。

 だが、クロードの心は晴れなかった。唯一、シュザンヌからの手紙・・・写真付きの手紙に、心すくわれることはあっても。二度と会えない、救いたかった少女の面影。ノエリアは、メルバーンで、つい最近、婚約者を見つけたと、手紙で報告があった。クロードも、祝福の電報を打ったのだった。

 そのころ、25歳になっていたクロードは、リマノーラで車の免許をとったところであった。

 ギルドの任務では、帝国に限らず、リラ、リマノーラ、メルバーン、その他小国地帯のプレトリア、と、幅広く任務で派遣された。

「クロード君、」とギルド長から呼ばれ、クロードは部屋に行った。

「リマノーラでの支部から、応援要請が来た。君も、その一人として、行ってくれないか」とのことだった。

「了解しました」と言って、クロードは10人チームの一人として、応援の精鋭部隊として行くことになった。

「出立は3日後だ。それまでに、準備をよろしく頼む」と、ギルド長。

 その日、クロードは久しぶりに、母や父のいる、実家に帰ることにした。報告も兼ねて、だ。

 その日は雨だった。傘を差し、フロックコートを着て、ぼんやりとした街灯の中、実家のアパートへと向かった。

 帝国の首都・ガレオスは人通りが多い。馬車も行きかっている。リマノーラでは車も流通しているが、帝国はまだまだ馬車の文化だ。

「母上、ただいま戻りました、クロードです」と、クロードが呼び鈴を鳴らし、家の中へそっと入る。

「あら、クロードじゃない、3か月ぶり?!お母様は嬉しいですよ!!」と、ロザリー。

「母さん、ちょっとご報告が。今度から、任務でリマノーラに行ってきます」と、クロード。

「そこで、少し、今日は泊まって行こうと思いまして」

「あら、そう、いいのよ、あがってちょうだい」と、ロザリー。

「クロード、」と、ロザリーが言った。

「最近、ちゃんと食べてる?ちゃんと、笑ってる?」

「御心配には及びませんよ、母上、」と言って、クロードは寂しげに笑った。

「任務もしっかりやっていますし・・・頑健な体ですしね。ただ・・・」

 と言って、クロードは、荷物を母に預け、ふと後ろの路地を見た。

(ただ・・何か、自分の中で、喪失感がありまして)と、クロードが暗い顔をしてそう思う。

 家の中に入る。まだ夕刻だから、父は仕事で、まだ帰っていない。

 母には、ずいぶんと昔から、王宮の任務に戻るつもりはないことは告げておいた。トラウマもあれば、きつい任務も多かった。

 今のギルドの任務でちょうどいい、自分には合っている、とクロードは思っていた。

 クロードは、実家に置いてある古いグランドピアノの鍵盤にそっと手を置いた。

 王道のクラシックの曲を数曲弾きながら、クロードはそっと過去を思いめぐらしていた。

 今までの自分の人生。そして、これから続くであろう、自分の人生と、を。秤にかけて。

 30分ほど弾いていると、隣の部屋から母がピアノルームに入って来た。

「あら、いい曲ねぇ・・・」

「母上・・・」と、クロードが弾くのをやめて母に振り向く。

「ねえ、クロード、あなたももう25歳、そろそろお嫁さんとかもらわないの??」

「!!そ、それはまだ自分は考えていません、母上!!今は、仕事一筋です」

「あら、そう・・・ノエリアちゃんも婚約したっていうしね?お母さんとしては、そういう面も心配でね??」と、母。

 その後、クロードは、ショパンの曲などを数曲弾いて、ピアノの鍵盤から手を離した。

 両親がいるとほっとした。クロードは、そういうところ、やはり自分はまだまだ子供だな、と思った。

 母からの手作り料理を親子3人で食べた後、クロードは新聞を読みながら肘掛け椅子でくつろいでいる父を尻目に、自分の部屋に入った。一応、今はお客用の部屋となっている。

 恋、か・・・。と、クロードは思った。

 自分とは縁のないもののように感じられた。

 シュザンヌも、ノエリアも、その「恋」または「愛」のため、自分の前から姿を消した。

 自分も、いつか恋でもすれば、親の前から姿を消す日がくるんだろうか、とでも、クロードはぼんやりと考えていた。

 シュザンヌ、クロード、ハンス、ノエリア。幼馴染の4人を奪ったのは、散り散りにしたのは、その「恋」だった。

 次の日、自宅アパートに戻り、クロードはいつも通り、雨でぬれたギルドのコートを暖炉の前でかわかし、深々と椅子に座った。

 そして、シュザンヌのことを、ずっと考えていた。

 25歳の2月、クロードはリマノーラへ向けて、10名の応援チームの一人として、マグノリア帝国の首都を後にした。

 長い旅だった。なんといっても、帝国からリマノーラまでは、かなり距離がある。

 メルバーンまでは蒸気機関車が出ているので、それで行った。

 そこから、マカロロ山脈を、馬を引き連れて踏破しなければならなかった。それを過ぎれば、車で、リマノーラのイルミナティ支部まで行ける。

 列車の中で、クロードは、先輩や後輩たちから、いつものように会話を持ちかけられていた。

「なあ、クロード、お前なら賢者にだっていつかなれるんじゃないか。と、俺は思うぞ。今度、推薦しといてやるな」と、先輩の一人、トレイシー・エリオットが言った。

「大袈裟ですよ、先輩」と、クロードが苦笑しながら言った。

「僕には・・・そうですね、神々のご加護があれば、10年後にでも」と、クロードが謙遜して言う。

「俺には空想話のようには聞こえませんよ。なんつったって、先輩は王宮勤めも経験してるし、死霊の国にも行ったんでしょ?顕在能力だってある。今までの任務、失敗だってほとんどしてない」と、後輩のコルラーデ。

「俺は応援してます」と言って、コルラーデが携帯食に持ってきたパンをほおばりながら言った。

「なぁ、クロード、お前彼女とかいないの?」と、トレイシー。

「親にも聞かれましたよ、同じような質問」と、クロードがややうんざりしたような顔をして答えた。

「そうか・・・」と、先月籍を入れたトレイシー・エリオット・30歳が言った。

「どうしてそんなに恋愛を嫌がる?お前なら、モテモテだろ」と、トレイシー。

「結婚はいいぞ」と言って、籍を入れたばかりのトレイシーがにやつく。

「先輩、これは個人の問題です。といいたいですが、俺、失恋したばっかりで」と、クロードが玉ねぎパンをほおばって言う。

「ナニぃ?!??!」と、トレイシーとコルラーデが同時に叫ぶ。

「誰だ?!?ギルドの医療魔術師か!?誰だ?!?」と、トレイシー。

「・・・言えません」と、クロード。

「ますます気になるな・・・」と、トレイシー。

 列車は進む。クロードは、頬肘をつきながら、車窓の景色を眺め、3年前別れた彼女のことを思い出していた。

 第二章 リマノーラでの任務

 

 迎えに来た、イルミナティ・リマノーラ支部からの車の後方座席に座り、クロードは車のルームミラーをじっと見た。

「自分たちも運転しましょうか」とクロードが言ったのだが、相手側が断ったのだ。

「車文化は珍しいでしょうし、応援要請にこたえてくださり、ご感謝申し上げます、帝国の方々」と、リマノーラ支部の使いの一人、トラヴィス・ダンリーが笑顔で言う。

 クロード達10名は、3台の車に分かれ、リマノーラ支部の人の運転する車で、ギルドのある町へと一路向かった。

「今回の任務については、詳細をお聞きでしょうか、」と運転手のトラヴィスが言った。

「ええ、」と、クロードの上司のトレイシー。

「リマノーラのお妃さまのご友人でいらっしゃる、ナディーヌ・バザン伯爵夫人を、無事王宮へ連れて行く任務と聞いております。なんでも、リマノーラでは、今王制への反乱といいますか、そういう内乱が起きているようで・・・伺っております」と、トレイシー。

「ええ、その通りで」と、トラヴィス。

「先月も、女王陛下のご親友のミラベル・マギル公爵夫人が、国外へ退去しようとして、襲われ、亡くなったばかりです。我々の力だけでは、伯爵夫人のお命まで危ないと判断し、こうして応援を要請しました」と、トラヴィス。

「・・・」クロードは黙り込んでいる。

「ご安心ください、トラヴィス殿」と、トレイシーが明るく言う。

「ここには、要人警護のスペシャリストが一人、おります!!おい、クロード、今回の任務はお前に陣頭指揮をとってもらうぞ!!」と、トレイシー。

「えっ??僕ですか?」と、クロードが驚いたように言う。

「ほう、それは頼もしい」と、トラヴィス。

「ギルド長から伺っておりますよ、クロード・ロキ・グラニエさんは、王宮勤めのとき、要人警護で何度も危ない目にあいながらも、その任務を5~6年間ほどお勤めになったと・・・。なんでも、わけあって、王笏座の加護もお持ちとか」と、トラヴィスが鋭い目つきをする。

「え、ええ、まあ、そのことはできるだけ内密に!」と、クロードが照れ笑いする。

「彼がいれば、百人力でしょう、トラヴィスさん」と、トレイシー。

「ご安心を、伯爵夫人のことは、我々に任せてください!」と、トレイシー。

「それは心強いお言葉」と、トラヴィスが微笑む。