クロード・ロキ・グラニエ短編集 「あの時、あの花の名前は」

 

 その日はうららかな春の日だった。晴天が、青い空が、どこまでも続いている。晴れ渡る、気持ちのいい日だ!

 アキム・・・という青年がいた。28歳だ。

 やけに、町の中心部が騒がしい。ここはわりと大きな町だが、何やらみんなが動揺している。

「おい、アキム、大魔法使い様がこの町にいらっしゃったらしいぞ!!なんでも、昨日の夜から、この町にご宿泊なさっているらしい!!旅の道中だそうだ!!」と、アキムの伯父が教えてくれた。

「なんだって??」と、アキムは仕事の手を止め、伯父の方を向いた。アキムは、伯父の営む自動車の修理店で、修理工をしている。

「大魔法使いっていやぁ、たしか『賢者』の身分として、1000年生きるって噂の……。本当にいたんだな、そんな人」

「当たり前だろ、アキム!!お前、学校の授業ちゃんと聞いてたのか??他国には、魔法使いがわんさかいるんだよ!!それより、アキム、仕事はちょっと休んでいいから、伯父さんと一緒に、大魔法使い様に会いに行かないか??」

 伯父はなんだか嬉しそうだ。魔法には縁もなく、興味もないアキムは、最初は乗り気ではなかったが、

「リュシー!そうだ、リュシーのことも……もしかしたら……」と一人呟き、急に立ち上がると、

「伯父さん、すぐに、その“大魔法使い”ってやつのところに、案内してくれ!!」と叫んだのだった。

 青年の住む町は、ウェスタロスといって、リマノーラの国の、ややリラ東部よりの町であった。

 青年が伯父とともに町の中心部に行くと、いつもとは違う人だかりが一部できていた。

「はーーい、はい、どいてどいてーー!!大魔法使い様は、もう出立なさるからーー!!」と、宿屋の主人が、警察にも相談しそうな勢いで、言う。

「出立だと……!?」と、アキムは思った。

(それは困る!!)

 アキムは、観衆とともに、一目でも大魔法使いを見ようとして背伸びしてる伯父を置いて、一人、人込みをくぐり抜け、大魔法使いとやらに近づこうと、必死にもがいた。

「ちょっと待ってくれぇ~~~!!!」と、アキムは叫んだ。

 ところが、アキムが人込みの中心部にたどり着いたころには、当の大魔法使い様とやらは、町の北方、町の出口の一つへと向かう車に乗った、という情報を、聴衆の一人から聞いたのだった。

「そんな、ちょっと待ってくれ!!」

 アキムはすぐさまタクシーを拾い、「大魔法使い様が乗った車を追ってくれ!」と言ったのだった。

 ことは案外すぐに収まった。大魔法使いの行き先は、宿屋の主人経由ですでにみなに知れ渡っており、町の北部・ティシュクの町へと向かうらしい、という情報は、みんな知っていた。宿屋の主人いわく、「大魔法使い様は、特に今回の任務は、秘匿にする理由もないから、」ということであった。

 町を少し過ぎたころ、行きかう車が少ない田舎道で、タクシーはスピードを上げた。

 やがて、5分ほどで、ゆっくりと走る安全運転の、大魔法使いとやらが乗る車が見えてきた。

「クラクションを鳴らしてくれ!!」と、アキムが言った。運転手は、ちょっと怪訝な顔をしつつ、アキムの勢いにおされて、5,6度ほどクラクションを鳴らした。

 大魔法使いの乗った車の運転手が、意味不明というように、後ろを振り返り、怪訝そうな顔をしているのが、アキムにも見えた。

「そのまま、クラクションを鳴らし続けるんだ!!いいな!俺は、大魔法使い様に用があるんだ」と、アキム。

「で、でも、お客さん、これ以上はちょっと・・・・大魔法使い様にも失礼じゃあ……」

「いいから!!従わないんなら、こうしてやるぞ!!」といって、アキムは小型ナイフを取り出し、運転手の首に突き付けた。

 ヒィッ、と運転手が小さく悲鳴を上げ、アキムの指示通り、大魔法使いの乗る車の真後ろにぴったりと張り付き、クラクションを鳴らし続けた。

 さすがに不審に思ったのか、前の車が、道端の道路わきに停車した。

 その車から、後部座席のドアを開け、一人のひょろりとした黒コートを身にまとった男性が降りた。

 すかさず、アキムがナイフをしまい、「これ、代金な!」と言って、お金を投げて、車から降りた。

「――なんです、一体?あなたは誰ですか……」と、その男性・・・・・大魔法使い、クロード・グラニエが言った。

「大魔法使い様!!」と、アキムがぱっと顔に喜びを浮かばせて言った。そのあと、はっと思い当たり、ぶんぶんと首を振り、

「ちょっとお願いがあってきました!!お願いします、俺の婚約者を、助けてやってください!!」そう言って、アキムは頭を深く下げた。

 クロードは、運転手にお金をやり、「今日はここまででいいんで」と言って、先に行かせると、ちらりと青年を見やり、

「ほう・・・・・」と言った。

「大魔法使い様なら、魔法が何でも使えるんでしょ!?お願いします、どうぞお時間があるなら、俺の悩み事を、解決するのに、手を貸してくださいませんか?お金なら、少々でしたら、まとまった金額をお支払いできるんで!!」

「君、何歳?」と、38歳のクロード・グラニエが言った。

「若そうだけど」

「俺?俺ですか?俺はアキム・バザロフ、28歳です!!3歳年下の婚約者がいます!!2年前から付き合っているのですが、ちょっと体が弱いところがありまして……」

「……。分かった、俺も今回の任務は急ぎじゃないし、大魔法使いの仕事は、困っている善人を助けることでもあるから、話を聞こう」

「ありがとうございます!!」

 そう言って、二人はちょうど河川敷ぞいの田舎道を走っていたのもあり、二人は自然と、川を望む斜面の草むらに座り込んだ。

「君、相当勇気あるね、俺を追いかけてこんなところまで追ってくるなんて」と、クロードが笑う。

「あ、俺のことは、クロードさん、でいいよ。俺、このたび大魔法使いに任命された、クロード・グラニエ、38歳です」と言って、クロードがアキムに握手を求めた。

「どうも、アキム・バザロフです」そう言って、アキムもその手を取る。

「その病身の婚約者さんの話ってやつ、聞かせてもらえないかな。俺にも、昔、病気……というか、不治の病を持った子がいてな。それで、その手の話には弱いんだ」そう言って、クロードが頭をかきながら笑う。

「リュシー……。それが、俺の婚約者の名前です。25歳で、もっと田舎の町の出身なんですが、都会を夢見て、このウェスタロスの町に出稼ぎにきたそうです。花屋の店員をしています。俺も、実家に飾る花を買いに行ったとき、店番をしてたリュシーに出会い、一目ぼれして、その後、何回か会話を試みて、お付き合いをする仲になりました。2年前のことです。ただ、リュシーはちょっと体が弱くて、医者によれば、ちょっと内臓の一部に疾患があるレベルだが、今のリマノーラの医学では、分からないままだろう、と言われています。体調不良で仕事を休むことも結構あって、俺も、なんとかしたいと思っている次第なんです……」

「うむ。なるほどな。――続きを」

「クロードさんは、大魔法使い、って聞きました。メルバーン出身ともお伺いしました……。魔法使いなら、リュシーの体の不調を治したり、原因を特定したりできないか、と思って、俺、つい、車を雇って……ごめんなさい」

「そうか」と、クロード。

「残念だが、魔法使いってのは、すべての魔法が使えるわけじゃない。俺は、ほとんどの魔法を使えるけど、唯一使えないのが、医療系の魔法なんだ。なぜかというと、医療系の魔法を使うには、(ケル)天使(ビム)という天使と契約をする必要があるからだ。(ケル)天使(ビム)というのは、戦いや争いを極度に嫌う天使で、戦闘系の魔法を使う、精霊と契約する魔法使いとは、決して契約してくれないし、力を貸してくれないんだ」

 そのクロードの言葉に、アキムは思わず肩を落とした。「そんな……」

「契約って、そもそもなんすか、と聞きたいんですけど、つまり、大魔法使い様でも、リュシーは治せない、ってことですか!?」

「治せない、とは言ってない」と、クロードが微笑む。

「俺には治せないが、俺の知り合い……ここからもそう遠くない、リラの国東部に住む、腕利きの魔法薬剤師がいる。その方を君の婚約者に紹介してあげよう。今から手紙を書く……といいたいが、多少はリュシーさんの体の様子の情報がほしい。カルテとかなんとか、医者からもらった資料でもなんでもいい、なにか手がかりになるものはないか」

「クロードさん……!!ありがとうございます」

と、その後、談笑する二人のもとに、キキーッという車のブレーキ音が響いた。

 二人が驚いて上の道路を見上げる。

 一台のおんぼろに近い車が、止まって、中から男性が出てきた。アキムの伯父だ。

「アキム……!!」

「伯父さん?すみません、俺、伯父さんを放っておいて、仕事もさぼっちゃって……」

「そんなことじゃない、アキム、大変だ、リュシーさんが倒れた!!」

「なんだって!?」と、アキムが真っ青になる。

 クロードとアキムは、10分ほど談笑していたのだが、アキムの伯父の運転する車で、急いでウェスタロスの町に戻ることになった。

「伯父さん、詳細を教えてくれ!!」と、アキムが助手席で言う。クロードは後部座席に座っている。

「中央通りの、リュシーさんの働いてる店の店主さんが、店を売り子さんに任せて、おれんところにいらっしゃってな……なんでも、勤務途中に、お前がいなくなった後ぐらいに、お倒れになったらしい。今も意識は戻らないそうだ。近くの診療所にいらっしゃる。アキム、今から病院まで連れて行くぞ!」

「おう、伯父さん!」

「大魔法使い様、この度は甥っ子が迷惑をおかけして、申し訳ございません。が、どうかお手をかしてください」

「俺に医療の魔法は使えませんが、できることならなんでもお力をお貸しします、アキムの伯父上さま」

「ありがとうございます」と、伯父が微笑む。

 一行は、20分ほどで、市内の病院に駐車した。

「リュシー!!」と、アキムが車から出て、駆け出す。

 一行が病室にたどり着くと、そこにはベッドに横たわる若い女性がいた。茶髪の巻き毛で、透き通ったような肌をしている。

「リュシー!!」と言って、アキムが、リュシーの手を取って泣き出す。

「意識は今も?」と、クロードが医師に聞く。

「ええ、大魔法使い様……ですよね?コホン、リュシー・オーバンさんは、倒れられてから、薬剤を投与しているのですが、まだお目覚めにはなっていません」

 やがて、アキムが泣いていると、リュシー嬢がうっすらと目を開けた。

「ア……アキム……??」

「リュシー!!」

 二人が、ひしと抱き合う。クロードはそれを見て微笑んでいる。

「お前、倒れたって聞いて、俺ら心配したんだぜ?無理でもしたのか、リュシー?」

「無理なんてしてないわ、いつも通り仕事してたんだけど、気分が悪くなって、気づいたら意識がなかったの。アキム、来てくれてありがとう」

「あたりめぇだろ、リュシー!俺のスイートハート!!」と言って、アキムがリュシーの手を取った。

「リュシー、大魔法使い様が、この町に来てくださって、俺が引き留めて、特別に君の症状をよくするよう、協力してくださっている。君の体も、俺が治してみせる!」

「まぁ、大魔法使い様が……!」と、リュシー。

「クロード・グラニエと申します、リュシーさん」と、クロードがペコリと頭を下げて、微笑む。

「好きなように呼んでください。一応、38歳で、3人の子持ちです」

「それはご親切に、どうも、ありがとうございます、クロード様!」

「様!?」と、アキム。

「なによ、大魔法使い様なのよ、様付けでちょうどいいのよ、アキム!!」

「お、おう・・・・」と、アキムが苦笑いする。

「君は、クロードさんでいいよ、アキム君」と、クロードが微笑む。

 その後、クロードが、リュシーに、自分は(ケル)天使(ビム)と契約できないので、医療術のようなことはできないのだが、と一般人にもわかるように詳しく説明し、だが、自分にはいい知り合いがいるから、リラなら、魔法も一応流通しているし、一緒に診てもらえばいい、などと説明した。

「ありがとうございます、クロード様」と、リュシーが涙を流す。

「なんとお礼を言っていいのか、分かりません」

「いいんです、リュシーさん。困っている善人を助けるのも、賢者の仕事の一つですから」

 と言って、しばらく話し合った後、アキムとクロードは病室を出た。アキムの伯父はリュシー嬢のそばに残るといい、アキムに、「今日は仕事休んでいいから、」と言った。

「アキム君、」と、クロードが言った。

「今日は、どこかのカフェで、ちょっと話でもしないか。できれば、あまり人に聞かれなくて済む、個室のあるカフェなんて、君、知らない?」

「!はい、俺なら、知ってます、クロードさん!」

 そこで、二人は、街中の、とあるしゃれた雰囲気のカフェに立ち寄った。カフェを希望したクロードであったが、ちょうど昼間時、二人ともお腹はすいていたので、食事のできる、洋食屋に立ち寄った。

「どうぞ、ごゆっくり」、とウェイターさんが食事と飲み物を二人の前において、立ち去った。

 ウェイターさんが、扉を閉める。

 個室は、普段は予約が必要なのだが、時間的にすいていたし、「大魔法使い様なら」ということで、特別に予約なしでも通してくれた。

「大魔法使い様、クロードさんって、いつもこんなふうに大目だちされて、町々を放浪なさるんですか?」と、アキムが、大魔法使いという賢者の身分のすごさに若干あきれつつ、言った。

「いつもはこうじゃないよ」と、クロードが微笑んでお茶を飲んで言った。

「いつもの任務の時は、たいてい魔法使いという身分すら隠していくんだ。あ、俺、ギルド・イルミナティに所属してるんだけどね。ギルドって、まあ、仕事を請け負う人たちの集団、みたいなものなんだけども。実はね、俺、今回が大魔法使いとしての最初の任務なのよ」

「えっ、そうなんですか!?」

「うん、大魔法使い、すなわち世界アラシュアの賢者に任命されて、今回が初の任務なんだが、俺の師匠っつーか、先輩から、賢者になったということはどういうことか、身をもって知ってほしいから、あえて身分を明かして一度は旅をしてみなさい、と命令を受けてね。それで、こういう騒ぎに、あえて身をおいているわけ。いつもは、身分は隠す主義なのが、俺です」

「そうだったんですね……!」

「うん。それで、俺が君を食事に誘ったのは・・・・あ、お礼とかいいから。あと、食事代も、僕が持つから。理由なんだけど、ちょっと、リュシーさんのこととかに対する君の態度を見てると、僕も、思うところあってだね……」

「俺も、賢者様に、俺の恋愛の相談に、乗ってほしいぐらいです」

「うん、なんでもどうぞ、と言えるほど、俺も恋愛経験らしきものはないけどね。一応、妻はいるけれど」

「賢者さん、俺、リュシーのこと、本当に大切にしたいんです。だけど、たまにすれ違いみたいなものがあって・・・・・。賢者様は、奥様持ちで、3人お子さんがいらっしゃるんですよね。夫婦の長持ちする秘訣みたいなのって、ありますか」

「アキム君、それはね、うーーん、まあ特別に言ってあげると・・・・まあ、俺の話も聞いてもらおうかな。俺の妻はハンナという名前の女性でね。金髪の美人さんなんだが、初めに会ったのが、俺が30の時。彼女も別の魔法ギルドで働いていたんだけど、ある任務で一緒になってね…!その時、彼女の笑顔に惹かれて、俺の方から、食事に誘ったんだ。そしたら、案外彼女、応じてくれてね!俺との初・デートの時、彼女は真っ赤な目の覚めるような素敵なコートを着てきたんだ。そこで俺は一目ぼれし、心の中で、彼女を雪椿の君、と名付けたんだけどね……!勝手に、だけど」

 そう言って、過去を見るようなまなざしで、クロードが遠くを見つめ、ふっと微笑む。

「雪椿の君、ですか……」と、アキムが驚く。

「うん、まあそんなところなんだ。俺と彼女は、2年後結婚し、今に至る。彼女は、今3人目を妊娠中なんだ。俺にとって、かけがえのない、大切な存在の女性なんだ」

「なるほど・・・・」

「君とリュシーさんのことも、応援している。一つ、偉そうだが、アドバイスさせてもらうとすると、それは、“守り抜く”と誓ったら、最後の最後まで、責任もって、ある意味自分で我慢するところは我慢して、誓いを果たすこと、だと俺は思ってる。それぐらいかな」そう言って、クロードがカレーを一口、口にし、微笑む。

「……わかりました、クロードさん!俺の中でも、なんか吹っ切れました!」

「うん、君の力になれたのなら、嬉しい」

 その後、アキムからいくつか身の打ち明け話や、リュシーへの思いなどを聞いたのち、二人は食事を終え、リュシーの待つ病室へと戻った。時刻は、夕暮れ時だった。

「マリウスさんという、ベテランの魔法薬剤師さんがいてね、」と、道すがら、クロードが言った。

「もともとは帝国の方なのだが、わけあってリラの国に今も住んでおられてね。一人娘のセルフィちゃんも、もう結婚されて独り立ちされているのだが、リラの中心部にお住まいなのは、娘さんをかつてリラの魔法学院に入れるために移住したのと、結婚されて市内に住まれている娘さんにたまに会いたいかららしい。マリウスさんに手紙を書いておくから、マリウスさんの勤務されている、大病院の方に、リュシーさんを診てもらうといい」

 と、クロードが、自分の手帳に、サラサラとあることをメモし、

「明日には、手紙を出しておく」と、アキムに告げた。

 クロードが、メモをちぎり、アキムに手渡す。

「これが、その大病院の名前と、住所。この町からはそう遠くない。馬車で2日もすれば着くだろう。その案で、進めてもいいかな?本当に、マリウスさんに、手紙書いてもいい?」

「はい、お願いします、クロードさん!!」

「うん、分かった」

 そして、二人は階段を上がり、再びリュシーの病室に立ち寄った。

 リュシーは、茶髪を夕暮れ時の日に輝かせて、美しくそこにたたずんでいた。ベッドに腰かけている。

「リュシー、俺だよ、アキムだ!」と、アキムが思わずリュシーにかけより、その手をそっと取る。

「リュシー、実はな・・・・・」と言って、クロードから受け取ったメモの内容を見せ、彼女の同意を待った。

「分かりました、行きます」と、リュシーがクロードに頭を下げながらアキムにキスをする。

「リュシー、俺の桔梗の君よ!」

「はぁ?アキム、どうしたの、いったい……」

「大魔法使い様に教えてもらったのよ」と、アキムがにっとウィンクする。

「君は、俺にとっての、桔梗の君!これからもよろしくな、リュシー!愛してるぜ!俺、一生懸命働くから、結婚してくれよな!」

「アキム・・・・」そう言って、二人はひしと抱き合った。

「うんうん」と言って、クロードが微笑む。

 夕日が、病室に差し込み、優しく3人を包み込む。さながら、大天使のように。

 次の日、クロードは宿屋から町の郵便局に行き、マリウス宛の手紙を出し、詳細を詳しく伝えたのち、町を去った。

「お幸せにな、アキム君、リュシーさん」と言って、クロードが手を振って、車に乗り込む。

「お世話になりました、クロードさん。おまけに、お礼もいいばかりでなく、リュシーの治療費まで肩代わりしてくださるって・・・・」

「俺の見立てではそんなに治療費かかるほどの重病ではない、と思ってるし、案外魔法の医術って、そんなにお金、科学の医者に比べてかかんないから、気にしないで、アキム君。それより、二人とも、末長く、お幸せにな!結婚したら、俺にも絵葉書でもいいから、送ってちょうだい」と言って、去り際、クロードが、ギルドの住所を書いたメモを、アキムに渡した。

「ここに送ってくれたら、俺に届くから」

「はい、必ず送ります!」と、アキムが笑顔で言う。

「大魔法使い様、お礼に、お手に、キスをさせてください」と、リュシーが言って、かがみこみ、クロードの手にキスをした。

「どうも、リュシーさん!照れちゃうなぁ」と言って、クロードが微笑む。

「ではね!」と言って、クロードは車に乗って、北方の町へと向かった。

 その姿をいつまでも見つめていた、アキムとリュシーの二人は、車が完全に去って、視界から消えてしまったのを確認したのち、お互い見つめあい、微笑んで、キスをした。

 

君を見たれば、やさしき喜び

その甘きまなざしよりわが上に流れ来ぬ。

わが心は残りなく君がかたえにあり、

わが息吹も君を思わぬはなかりき。

バラ色の春の空あい

君が愛らしき面ざしを包みぬ。

わがために君が示せる優しさは、おお神々よ、

わが望みを超え、わが分に過ぎたり。

 

                                              《完》