その頃、方舟荘の庭、イチイの木の下にて。

 ブランコに乗るのを、リゼティクルに交代したエマは、庭先に敷かれたピクニックの布の上で、母・アストリッドとくつろいでいた。

「キャハハハハ!」と言って、リゼティクル(6歳)がブランコで遊ぶ。

「エマ、もっと強く押してちょうだい!」と、リゼティクルが妹に頼んだ。

「お姉さま、じゃああと5回したら、私と交代してね!」と言って、エマがリゼティクルの背中を押した。

「あらまあ、二人とも楽しそうに」と、母・アストリッドが笑う。そこに、ヴェントがやってくる。

「アストリッド様、わたくしがお嬢様方のお相手を致します」と、ヴェント。

「あらぁ、助かるわヴェント!アーセラは、家庭教師のお時間かしら?」

「左様でございますが、閣下がそれを中断され、今は閣下とお話しされています」

「そう・・・まあ、いいわ。リゼティクル、エマ、ヴェントが遊んでくださるそうよ!」と、アストリッドが、ピクニックバスケットのサンドイッチを口に入れて言う。

「ヴェント、こっち来て、遊びましょ!」と、エマが手でヴェントを誘う。

「はい、お嬢様」と言って、ヴェントが駆け足で、エマとリゼティクルのもとへ駆けて行く。

 季節は初夏であった。マグノリア帝国の、首都ガレオスから馬車で5分のところにある、この「方舟荘」は、ランナル公爵家の屋敷があるちょっとした田舎だった。

 3人はひとしきりブランコで楽しんだ後、リゼティクルの思い付きで、鬼ごっこをすることにした。

 子供というのは、大人から見ると、時にびっくりするほど元気さを発揮するものである。

 24歳だったヴェントは、リゼティクルとエマのすばしっこさに真っ青になりたい気持ちを抑え、「鬼」の役目を請け負った。エマとリゼティクルが、歓声をあげて逃げ惑う。それを、母のアストリッドが微笑んで見ている。アストリッドは読書をしている。