『空の上を飛ぶのも楽しいだろう、ファニタ殿』と、ユルングが言った。
「そ、そうですね・・・」と、ファニタがやっとの思いで言う。だが、ユルングがファニタにあわせてゆっくりめに飛んでくれているおかげで、ファニタも素直に、空を飛ぶのが楽しいと思えた。
『そろそろ、ファニタ殿には、高原に降りて待っててもらう。ファニタ殿の魔法で、地上に降りられるかな?できなければ、私が地面まで送るが』と、ユルングが言った。
「だ、大丈夫です」と、ファニタが言って、ポシェットからミニチュア魔法で縮めた一本の傘を元の大きさに戻した。
「この傘に魔法をかけて、地面までゆっくりおります」と、ファニタが言った。
『人間は妙な道具を使うな、興味深い』と言って、ユルングがくっ、くっ、と笑った。
『では、ファニタ殿、準備ができたら、飛び降りてほしい。ファニタ殿が地上に降り立ったのち、流星群を降らせると約束しよう』と、ユルングが言った。
「ありがとうございます、ユルング様」と言って、ファニタが、「では」と言って、ユルングの上に立ち、呪文をかけ、傘を持って一気に飛び降りた。突風の中、ファニタを運ぶ傘が、ゆっくりと左右にゆれながら、地面に降りていく。
それを確認したユルングは、雲の上からさらに上へと昇って行った。
*
「ヘーゼル!」と、病院の中で走るなと何度か注意された一行は、ヘーゼルの病室へと向かった。
ノア、アルヴィン、ナスターシャ、オフェリアの4人は、ヘーゼルの病室へと通された。そこは集中治療室に近い部屋だった。
「立ち入りは、今のところ禁止でして」と、医者が言った。グラシアンから引き継がれた別の医師だった。
「ご家族の皆さまには心苦しいですが、外から見守ってあげてください。容体が回復次第、一般病棟に移しますので」と医者は言った。
「ヘーゼル・・・」と、オフェリアが病室の窓にはりつく。ノアやナスターシャもあとに続く。
ヘーゼルは、一般病棟の予定が、首都モーリシャスへの輸送の途中で、さらに具合が悪化してしまったのだった。
ノアは、こっそり誰もいない所へ行き、例のコンパスを取り出した。ヘーゼルの赤い針が、さらに0に近付いていた。
思わず背筋がぞっとする。
(ラインハルト兄さん、急いでください・・・!!もう時間がないです・・・)そう思い、ノアは目の前が真っ暗になった。
コンパスをしまうと、ヘーゼルの病室の前の椅子に座って、茫然と過ごした。
“僕と婚約してください”と、文通で書いた日々が懐かしかった。そのたびに、へーゼルから、「私はもう先長くないから、他の人探した方がいいんじゃない“と茶化されたものだった。
「ヘーゼル、さよならは嫌だよ・・・」と呟くと、ふいに涙が一筋こぼれた。「これが、前世からのつながりがある証拠なのかな・・・・?」と、ノアは呟いた。
*
「ファニタ!!」と、空から傘で降りて来たファニタを見て、ラインハルトとハルモニアが思わず言った。
「ハルモニア、ラインハルト兄さん、おまたせ!!」と言って、ファニタがふわりと地面に降り立った。
「無事で何より。ユルングに会えたのか・・・??」と、ハルモニア。
「ええ、会えました。天使の生まれ変わりのことを話したら、食い入るように話を聞いてくださって」と、ファニタ。
「それより、ファニタ、さっきから太陽が雲に完全に隠れて、辺りが暗くなってきたのだが、大丈夫か?ユルング様、まさかご機嫌を損ねたりしてないよな??」と、ラインハルト。
「私を甘く見ないで、ラインハルト兄さん」と、ファニタが傘をミニチュア魔法で縮ませて言う。
「ユルング様いわく、太陽を隠して辺りを暗くして、夜みたいにして流星群を降らせる、っておっしゃっていたわ。あ、ほら、何か、空がちかちかと点滅してる光があるわよ」と、ファニタが空を指さす。
『ファニタ殿、時間がない、流星群はじき降ってくる、星のかけらを取る準備を!私の指示した虫取り網は、持ってきたはず』と、プラトン。
「ええ、プラトン」と、ファニタがカバンから、ミニチュア魔法で縮めた虫取り網を取り出す。
「これを使ってとるのね」と、ファニタが虫取り網を魔法で大きくする。
「あ、流れ星!!」と、ハルモニア。
よーく観察すると、ユルングが降らせた流れ星は、静かに地面に着地すると、5分間ほど光ったのち、光が消え、ただの石ころに変わるようだった。
『ファニタ殿、光が失われないうちに、その網ですくうんだ。あとは私の出番』と、プラトン。