天命の花嫁 ~命のしずくと星のしずく~

 

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第一部 天命の花嫁 ~運命はさだめ~

 

一、ラインハルトの妹

 

  ヘーゼル・ケンジットが、ケンジット家に生まれたのは、兄・ラインハルトが5歳の時だった。

 イブハール歴、5956年のことである。

 生まれてすぐの、村の乳児検診で、医師から、「この子には生まれつき、心臓に疾患がある」と告げられた。

 両親は、名を、父はフーヴェル・ケンジット、母はオフェリア・ケンジットと言った。

「おお、かわいそうなヘーゼル・・・」と、オフェリアはその宣告から三日三晩、泣き続けた。

「母さん・・・」と、泣いているオフェリアの部屋のドアを開けて、兄・ラインハルトがそっと覗いて、声をかける。

「ラインハルト・・・」と、オフェリアが呟いた。

「なんで泣いてるの、母さん・・??」と、ラインハルト。

「あのね、あなたの妹は、長くは生きられないの・・・。お母さんのせいよ、きっと。お母さんのせい。どうしましょ、ラインハルト・・・」と言って、オフェリアが泣く。

「ヘーゼルが!?」と、生後まもない妹の名を口に出し、ラインハルトが怪訝そうな顔をする。

「ラインハルト、こっちにおいで」と、父・フーヴェルが言った。

「ラインハルト、君には、魔術の才能があるようだ。2年後、7歳になったら、首都モーリシャスの魔法学校に送ることにする。ヘーゼルのことは、父さんと母さんがしっかり面倒みるから、安心しなさい」と、フーヴェルがラインハルトを抱きしめて言った。

「嫌だ!!」と言って、ラインハルトは父を突き飛ばした。

「僕は、ヘーゼルのそばにいる。学校なら、もっと近くがいい!」

「ラインハルト・・・」と、フーヴェルが複雑そうな顔をする。

「そんなに妹のことが、好きかい??」

「父さん、僕にはも、ヘーゼルの面倒、見させて!兄として!!」と、あまりにラインハルトが強く言うので、父・フーヴェルも、頭をかいて困り果て、ラインハルトを、結局、隣町の普通の魔法学校に送ることにしたのだった。

 ヘーゼルたちのいるこの村には、自然豊かな町だが、小さな村で、魔法学校はない。あるのは、15歳までの、小さな一般人用の学校だけだ。

 リマノーラの端っこで、かなり田舎の方の村だった。

 ヘーゼルは、ラインハルトや、両親の心配をよそに、案外明るく育った。

 ヘーゼルが2歳の時、ラインハルトは7歳になり、隣町の小さな魔法学校に通うようになったのだが、ヘーゼルは成長するにつれて、活発な女の子に育ったのだった。

 やがて、ヘーゼルにも友達ができた。

 ナスターシャ・ファーベルクという、ブロンドの髪が美しい少女だった。ヘーゼルより1つ年上だった。

 二人は、意気投合して、5歳のころから、親交を深めた。家もわりと近かった。

 もう一人、二人の遊び相手が現れた。

 ヘーゼルが生まれつき心臓に欠陥があると、村人はみんな知っていたが、その中で、ノア・アディントンという、ヘーゼルより4歳年上の男の子が、ヘーゼルに興味を持ち、ヘーゼルとナスターシャと一緒に、お兄さん役として、たまに遊ぶようになった。

 ノアは、そのころには、村の普通の一般人が行く学校に通っていたが。(魔法使いではなかった)

 ヘーゼルとナスターシャは、両親の不安をよそに、日中からずっと遊び、お昼過ぎ、学校が終わってから、そこにノアとラインハルトが加わった。

「ヘーゼル、そんなに走ると、心臓に響くよ」と、兄のラインハルトが慌てて注意しても、ヘーゼルはケラケラと笑って、走りたがった。

 ヘーゼルは、栗色の髪をなびかせて、きゃはは、と遊びまわった。

「ヘーゼル、本当に、そんなに走り回ると、危ないよ!!」と、ナスターシャが真っ青になって言う。

「ヘーゼル!!」と、ノアも走って、ヘーゼルに追いついて、止めようとする。

「あらまぁ」と、村の人々・・・奥様方は、噂したものだった。

「ケンジット家の御令嬢は、心臓が悪い方とはいえ、ずいぶんとお転婆だこと」と噂されていた。

「捕まえた!!」と、ノアがヘーゼルの手をぱしっとつかんで言った。

「ヘーゼル、もうこれ以上走るのはやめよう!兄上様も、真っ青だよ!」と、ノア。

「ノア・・・」と、ヘーゼル。はぁはぁ、と息を切らしてはいるものの、不満げな顔をしている。

「ヘーゼル!!兄の言うことを聞くのだ!」と、ラインハルトがあきれて言った。

「ラインハルト兄上様・・・」と、ヘーゼル。

「ウム、ヘーゼルよ、君は少し、そこらへんで座って、休んでいなさい。顔色が悪いよ」と、ラインハルト。

「もう家に帰った方が・・・」と、ラインハルト。

「イヤ!!もっと遊ぶの!!」と、ヘーゼルが駄々をこねる。

「ヘーゼル、今日は、パラパラと雨が降って来たし、もうやめよう。ね??」と、ノアが優しく言った。

「ヘーゼル、本当に顔色が悪いわ!大丈夫???」と、優しいナスターシャが言った。

「・・・」ヘーゼルが、泣きそうな顔をする。「本当に、大丈夫なのに・・・」という。

 そのわりには、走った後の動機はおさまっていないし、ふらふらしている。

「さあ、帰ろう、ヘーゼル」と、兄が言った。

「うん、分かった、兄上様」と、ヘーゼルが言って、ナスターシャとノアに別れを告げて、ラインハルトと手をつないで、家へと帰宅したのだった。

「ヘーゼル、いつも無茶しちゃうのよね」と、ナスターシャ。

「そうだね、ナスターシャ」と、ノアがふふっと笑って言う。

「雨・・・小雨だけど、どうせすぐやむだろうけど・・・ヘーゼルを家に帰すいい口実にはなったかな・・・」と、ノアが呟く。

「ナスターシャ、ヘーゼルのために、森で野イチゴをつんで帰らない?ヘーゼル、きっと喜ぶと思うんだ」と、ノアが言った。

「・・・そうね、ノア、それはいい考えだわ!!」と、ナスターシャが同意して、二人は、持ってきていたバスケットを手に、森の中に入って行った。

 森の中は、森の外より薄暗かった。樹々が生い茂り、曇り空を隠しているからだ。

 しげみを踏みしめつつ、足場の悪いところでは、ノアがナスターシャの手を取る。

「ありがと、ノア」と、ナスターシャ。

「うん」と、ノア。

「ナスターシャも、もうすぐ学校に入学する歳だね」と、ノアがぽつりと言った。

「そうね、ノア!でも、ヘーゼルは・・・」と、ナスターシャが言葉を切った。ヘーゼルは、心臓が弱いため、学校には行かず、家で療養するよう、医者から言われていた。家で、家庭教師をつけろ、との指示だった。

「ヘーゼルも、学校に来れればいいのに・・・」と、ナスターシャが呟く。

「先が短い、ってお医者さんに言われたらしい」と、ノアが淡々と言った。

「え??」ナスターシャは、思いやり深いのと同時に、年の割に落ち着いているところがあった。

「それ、どういう意味??」と、ナスターシャ。

「なんでもない」と、ノアが言って、かたい顔をした。

(ノアは、いつでもヘーゼルのことが、気になるみたい)と、後々になって、ナスターシャは、そう回想した。

 二人は、野イチゴがよく群生しているスポットを知っていたので、そこに歩いて行った。

 森に入って15分ほどして、その場所にたどり着いた。

「よし、取ろう」と、ノアが言った。

「うん、ノア」と、ナスターシャ。

 二人して、バスケットに、つんだ野イチゴを入れていく。

 10分ほどして、かなりの量がとれたので、二人は帰ることにした。

「ナスターシャ、これ、食べてみて」と、ノアが、つんだ野イチゴの一つをナスターシャの口に入れた。

「むごむご・・・ん!!やっぱ、おいしいわね、野生の野イチゴは!!」と、ナスターシャが笑顔になる。

「そうだね!僕も少しもらおう」と、ノア。

 そうして、二人は森を抜け、雨上がりの空を見上げた。虹がうっすらとかかっていた。

「あらあら、二人とも、ヘーゼルにイチゴを!!」と、ヘーゼルの母・オフェリアが顔を輝かせて言った。

「ありがとうね!」と、オフェリア。

「気にしないでください、おばさん」と、ノア。

「ヘーゼルね、今ちょっとベッドで寝てるの。ラインハルトがみてるんだけどね、ちょっと気絶しちゃって・・・」と、母・オフェリア。

「・・・そうですか」と、ナスターシャが言った。ヘーゼルが、走り回りすぎたあと、失神してしまうことは、以前にもたびたびあった。

「激しい運動はダメ、禁止、って、あれほど言ってあるのに」と、オフェリア。

「困った子ねぇ」

「おばさん」と、ノアが言った。

「僕はこれで。失礼します・・・ヘーゼルには、『お大事に』って、言って下さい」そう言って、ノアはその場を立ち去った。

「あれまあ」と、オフェリア。

「ノア君は、とても優しい子ね!ヘーゼルのボーイフレンド。ヘーゼルより4つ年上だったかしらねぇ」と、オフェリア。

「おばさん、私も、失礼します!」と、ナスターシャが言って、ぺこりとおじぎをして、家に帰っていった。

「ラインハルト、ヘーゼルの様子はどう??」と、オフェリアが、二人が帰ったのを確認し、ヘーゼルの寝室のドアをノックした。ラインハルトは、その当時10歳だった。物心もついて、落ち着いていた。魔法学校の成績もいい。その気になれば、首都の優秀な魔法学校にやれるのに・・・と、両親はもどかしがっていた。

 思えば、いとこのハルモニアは、ヘーゼルより歳が一つ上だが、来年から、首都の魔法学校に行くらしい。

「お母さま・・・」と、ラインハルト。

「ヘーゼルは、眠っています」と、ラインハルトが言った。

「そう・・・お医者さんの注射がきいたのかしらねぇ・・・」

「次期に目を覚ますそうです」と、ラインハルトが言った。

「僕が、お医者さんに、お礼を言っておいたよ」と、父が言った。

「ラインハルト、僕が看ておくから、君は自分の部屋で、学校の勉強をしてなさい」と、父が言った。

 

やがて、ナスターシャが、町の学校に入学する時期が来た。

 その学校で、ナスターシャは、たくさんの友達を作り、その後の、のちのち婚約者となる、アルヴィンとも出会ったのであった。

 ナスターシャを学校にとられてしまったせいで、昼間、ヘーゼルは一人きりになってしまった。話し相手と言ったら、両親ぐらいだ。

 ヘーゼル6歳の時から、医者が代わり、若い医師が来た。ハロルド先生と言った。まだ若干20歳だった。だが、優秀な医療大学を出た先生らしく、両親が、首都からわざわざ、ヘーゼルのために、呼び寄せたのだった。

 ハロルドは、魔術の医療法も、少しかじっていた。

「どうでしょうか、先生」と、両親が言った。

「うーん、これは、魔法の分野でも、科学の分野でも、生まれつきの疾患ということもあり、治すのはちょっと難しそうですねぇ・・・場所が場所ですからね、心臓は。残念ですが、長くは持たないかと・・・。ただし、僕の出来る範囲で、出来うる最良の処置は致します。彼女の寿命を延ばすためにも」と、ハロルドが、ヘーゼルのいない別室で、両親に告げた。

「うっ、うっ・・・」と、母・オフェリアが泣き出した。

「ありがとうございます、先生」と、父が絞り出すようにして言った。同じく、泣いている。

(ナスターシャ、早く学校終わって、遊んでくれるといいのにな)と、一人ベッドに座って、ヘーゼルは空想していた。昔のように、ナスターシャやみんなと、一緒になって遊ぶ夢を。

「やぁ、ヘーゼルちゃん」と、ハロルド医師が、診察カバンを手に、部屋に入って来た。

「ハロルド先生・・・」と、ヘーゼル。

「具合はどう??明後日から、家庭教師の先生が来るようだが」と、ハロルド。

「いつもは、心臓ノアたりが痛くなることあるけど、今は痛くないです」と、ヘーゼルが言った。

「そう、それはよかった。ちょっと、心臓、見せてね」と、ハロルドが言って、ヘーゼルに聴診器をあてた。

「うん、調子はよさそうだね」と、ハロルドが言った。

「ちゃんと食事はとってる??」

「はい、先生」

「そう。あと、ちゃんと眠れてる?夜、起きてたりしない??」

「だいたい、眠れてます」と、ヘーゼルは嘘をついた。本当は、よく眠れなくて起きて、窓から月明りを眺め、自分はあとどれぐらい生きられるんだろう、と思ったりしていた。周りの人がみな言う。『走ったら、心臓に悪いよ』『おとなしくしてなさい』と。そして、ヘーゼルは、つい最近、両親が夜遅く、「このままでは、ヘーゼルは成人する前に死んでしまうだろう・・・なんとかしなくては」と話し込んでいるのを、聞いてしまっていた。

「そうか。ならよかった」と言って、ハロルドはにっこり微笑んだ。

「出されたお薬は、ちゃんと飲んでね!心臓の機能を助けるお薬だから!あとは、激しい運動はしないで、いい子にしてね」と言って、ハロルドはヘーゼルの頭をぽん、とたたいて、その場を立ちあがり、部屋から去っていった。

 ヘーゼルの両親に一礼し、家を去る。

「ヘーゼルや、」と、母のオフェリアが言った。

「ハロルド先生は、有名な先生だから、きっとヘーゼルを治してくれるよ!だから、お薬はちゃんと飲みましょう」

 母の目には、どこかしら、泣きそうな光が宿っていた。

 ヘーゼルは思った。母は、ウソをついている、と。幼心に、両親の嘘を見抜いていた。

 自分はそう長くは生きられない。それは、うすうす感じていた。兄の態度からも、両親の態度からも。

 ナスターシャは、学校に行きだしてからも、ヘーゼルの良き友だった。

 学校が終わり、宿題を済ませた後は、ヘーゼルと一緒に、近所の草原で、一緒に花をつんで冠を作って遊んだりした。

「走ったらダメ」という言いつけは、このころのヘーゼルは、きちんと守っていた。

「ナスターシャ、学校って、どんなところ?」と、ヘーゼルはよく聞いていた。

「そうね、授業があって、友達がいて、先生がいて。いい空間よ」と、ナスターシャが言った。

「へーゼルも、家庭教師をつけてもらっているんでしょう?もう文字は習った??」

「うん、ナスターシャ、もう読み書きは一応できるよ!!」と、ヘーゼル。

「私も、つい最近ならったの!よければ、一緒に本を読まない?学校の図書館から、借りてきたの」と、言って、ナスターシャが、カバンから1冊の本を取り出した。古書だ。

「『探偵・リンダ・ミランの華麗なる備忘録』という本なの!女探偵なのよ!」と、ナスターシャが、目を輝かせて言う。

「普通、探偵って、男性だけど、この本の探偵は、女性なの!」と、ナスターシャが繰り返し言った。

「まあ、素敵、ナスターシャ、私にも読ませて!!」と、ヘーゼル。

「楽しそうだね」と、後ろから声がした。

「ノア!!」と、ヘーゼル。

「やあ、ヘーゼル、元気そうでよかった!ナスターシャも、学校、順調??」と、ノア。

「ええ、ノア、成績だって、なかなかいいんだから!」と、ナスターシャが笑顔で言う。

「ノアも読まない?女探偵の本!!」

「それ、児童書でしょ。僕、もう11だから、児童書はもう卒業したよ。今は、哲学書を読んでるよ」と、ノアが言った。

「ノアのいじわる」と、ヘーゼル。

「いいわ、ナスターシャ、私たちだけで読みましょ!」と、もうすぐ7歳になるヘーゼル。

「そうね」

「ごめん、ごめん、二人とも!」と、ノアが言って、二人の隣に腰をおろして、バッグから、難しそうな哲学書とやらを取り出した。そして、二人の横でそれを静かに読み始めた。

「女探偵・リンダ・ミランは、木枯らしのごとく颯爽とあらわれ、警察を出し抜いて、事件の被害者を助ける・・・・ちょっと難しいけど、おもしろいね、ナスターシャ!!」と、ヘーゼル。

「そうね、ヘーゼル」と、ナスターシャ。真剣な目つきで、次のページをめくる。

「私、将来は、働ける女性に憧れてるの。誰か、好きな人をみつけて、結婚したいとは思うけれど、女性だって社会進出したっていいべきよ!!私の母も、昔薬剤師として働いていたし!」

「ふうん、ナスターシャってそういうことに興味あるのね」と、ヘーゼル。

 そこで、ナスターシャは、少し黙り込んでしまった。禁句だったかしら、と思った。へーゼルは、長くは生きられないのだ。将来の夢を語るのは、タブーではないか。

「私、将来のことなんて、考えたこと、ないよ」と、ヘーゼルが言った。

 すると、ぽつりと、ノアが、哲学書から目を離さずに言った。

「将来は僕がもらうよ、ヘーゼル」と、ノアが言った。

「ノア、それってどういう意味??」と、ヘーゼルが純粋に言う。

「まだわからないなら、それでいいよ」と言って、ノアがクスッと笑った。