2つの療育に通わせ、鬼教官になっていた日々《普通を追いかけた私の子育て7》
退院後、
「私がいない間、みんなに迷惑をかけた分、
もっと頑張らなきゃ」
そんな思いで、
さらに努力逆転の道へと
突き進んでいった私。
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今日は、保育園が始まってから
本格的にスタートした 療育漬けの日々と、
その中で「鬼教官」と化していった
私の姿についてのお話です。
保育園生活と、本格的な療育の始まり
切迫早産での入院を経て、
ようやく長男は
加配の先生がついてくれる
保育園へと通い始めました。
私たち親子の、
本格的な療育生活が始まりました。
当時の私には、
それはまさに「戦い」のように
感じられていました。
まず、以前から少しずつ通っていた
療育施設でのプログラムが本格化。
そこでは、
体の使い方を整えるための様々な運動や、
感覚統合を促す運動
食事の食べ方など
多岐にわたる課題が出されました。
そして、それらの課題は、
「毎日の宿題」として、
家庭での取り組みが必須でした。
「鬼教官」と化した母の姿
「私がしっかり管理して、毎日欠かさずやらせなければ」
当時の私は、
まるで何かに取り憑かれたように、
その思い込みに
突き動かされていました。
長男が泣いて嫌がろうが、
ぐずって抵抗しようが、
私は心を鬼にして、
文字通り「やらせきる」まで、
その手を緩めることは
ありませんでした。
言われたことをやる
という
「正しさへのこだわり」と
頑張れば何とかなるという
「頑張り続けなければというこだわり」
他の選択肢なんて
考えたこともありませんでした。
もう一つの療育と、矛盾する教え
そんな中で、
私は保育園で知り合ったママ友から、
別の療育施設の情報を得ました。
そこは、私が通っていた療育とは
全くアプローチが違いました。
「子どもの気持ちに寄り添い、
優しく、ゆっくりと成長を見守りましょう」
という方針の場所。
「もっと療育に通えば、改善するかも」
そんな思いから、
私は、
2つ目の療育施設にも
長男を通わせ始めたのです。
今ならわかる。
失敗することへの怖さがあって
どっちか選べない自分がいる。
失敗したって
誰にも怒られないよって
今の自分から、教えてあげたい 泣
でも、そんな風に
誰かに教えてもらっても
当時の私は
信じられなかったと思う・・・
頑張り続ければ
何とかなると
思い込んでいたし
頑張る自分で
いなければいけなかったのです。
そこから
「療育ダブルスクール」生活が
スタートしました。
一方では「課題をきっちりこなすこと」を求められ、
もう一方では「子どものペースを尊重すること」を教わる。
真逆とも言える二つの教えの間で、
私の心はますます混乱し、
正解は何?と揺れ動きました。
できることは増えた、でも…加速する「頑張らねば」
2つの療育に通い、
家庭でも私が鬼教官となって(苦笑)
長男にできることは
少しずつ増えていきました。
言葉の数が増えたり、
以前はできなかった
動きができるようになったり…。
その小さな成長の一つ一つは、
もちろん嬉しかったです。
でも、不思議なことに、
できることが増えれば増えるほど、
私の「頑張らねば」という気持ちは、
ますます加速していったんです。
「もっと、もっと、できることがあるはず!」
「もっと効果的な方法があるに違いない!」
「私がもっと頑張れば、この子はもっと普通に近づけるはず!」
長男の小さな成長を素直に喜ぶよりも、
「まだ足りない」
「もっと上を」という
欠乏感と焦燥感に、
駆り立てられていました。
その設定こそが
うまくいかない原因だとは
思いもよらず…
その答えに気づくのは、
もう少し先のことになります。
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