一週間。 | misamickeyのDisneyな日々。

一週間。

地震から明日で一週間。

節電のためもあるし、情報収集はスマフォで事足りるので
ここのところパソコンを開く気も起きませんでした。

前代未聞の出来事に戸惑うばかりで、
日を追う毎に露になっていく現実を目の当たりにして
今私に出来る事がほんの微々たる物でしかないと
自分の非力さにもどかしい気持ちでいっぱいです。

出来る限りの節電、節水、募金。
そして買いだめしなくてもいいように
家にあるものをなんとか活用して
計画停電までに出来る限り、家族の食事の準備をすることくらい。

昨日は初めての計画停電で、我が家は18時半~20時半の
およそ2時間停電しました。
懐中電灯を点けるとジゼルが逃げ回るので
用事が無いとき以外は真っ暗の部屋で過ごしました。

まだまだライフラインが回復していない場所は沢山あるし
こういう夜が何日も続いているのかと思うと
本当に大変だろうなと思います。

大切な人を突然亡くす辛さは私も経験してるけど
私なんて比にならないくらい
壮絶な現場にいる被災者の方々は
本当にお辛い毎日を過ごされている事と思います。

計画停電というすごく間接的なことくらいしか
お手伝い出来てないけど
今までどれだけ不自由の無い生活をしてこれていたのか、
こうなってから改めて気づく自分がとても恥ずかしいです。

感じることが多過ぎてうまく言葉にならないけど
私に出来ることは精一杯やります!



☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


ここから先は私の日記です。
こんな事態の時に
なんともなかった自分の事を書いてもしょうがないんだけど
記録用のために書きます。


地震の時、私は移植のために病院に向かう途中でした。
病院は16時に行く予定になっていたのですが
その前に買い物をしたかったので
早い時間から病院のある池袋にいました。

買い物を済ませて、病院の側のカフェに行こうと
地下道を歩いていたとき、
足下がフラフラして、まずい!目眩だって思ったの。
私、採卵してから軽度のOHSSになってしまったらしく
お腹がすごく張っていて体調が良く無かったから
そのせいで目眩が起きてるんだと思いました。

そしたら周りにいた人達が
「地震だ!」って言いだして
そうか、これは地震なのかって気づきました。

地下だったから多くの人達が外に飛び出して行った。
キャーキャー言う声があちこちから聞こえて、
そんなにすごいことになってるのかって怖くなった。

でも私はお腹が痛くてその場から動けなかった。
倒れないように踏ん張るしか無かった。

少し揺れが落ち着いてから、その地下道をさらに進んで
地上に出たらみんなの騒ぎにびっくりしました。

たぶんね、地下だったから上より揺れてなかったんです。
大きいとは思ったんだけど、まさかそんなに?って
上に出て愕然としました。
ワンセグで情報確認したら、私の家の方も震度5弱になってたし
宮城では震度7だっていうし、
工場が燃えてる映像は出てるし
大変なことになったって思った。

家でお留守番してるジゼルとマックスのことが心配で心配で
すぐにでも家に帰りたかった。

でも今はとりあえず病院に行かないとって思ったので
少し早めに病院に行きました。
病院に行けば先生も看護士さんもいるし
少しは安心できるかなと思って。

病院に着くと、患者さんがみんな外に避難していました。
私も外で待機してて、しばらくしたら先生が説明に来てくれました。

当たり前だけど、
診察や治療を出来る状況ではないということで
多くの患者さんがそのまま帰される事に。

私は移植予定だったから
病院に戻って先生から詳しい説明を受けました。
少しの揺れでも顕微鏡は使えないし
医療器具もすべて固定してしまったので
今回の移植はキャンセルさせて欲しいとのことでした。
なので移植予定のタマゴは凍結してあります。

先生や看護師さん、培養士さんたち皆で
あの揺れの中必死に患者さんのタマゴを守ってくれたそうなので
どのコも全て無事だそうです。
先生が写メを見せてくれたんだけど
皆のタマゴが保管してあるケースが
テープでぐるぐる巻きに固定してありました。
何千っていうタマゴが眠っているんだもんね。
スタッフの皆さんには本当に感謝しています。

今回の地震を乗り越えてくれたタマゴちゃんは
きっと強いと信じています。
先生も「いいタマゴだよ」って言ってくれたしね。

来月必ずお迎えに行くからね、
ちょっとだけ待っててね。



地震のあとは、もちろん交通機関はストップしていたので
池袋の駅前はものすごい帰宅難民で溢れていました。
私もその中の一人。

携帯も繋がらなかったのでツイッターで旦那と連絡を取ってました。
ツイッターでいろんな友達とも連絡が取り合えたので
みんなの無事を確認する度にホッとして。

しばらくしたら新宿にいた旦那さんが
池袋まで歩いて来てくれることになったので
合流して一緒に家まで歩いて帰って来ました。

同じように歩いて帰宅する人が大勢いたから
254の歩道はものすごい人だったけど
皆同じ思いで歩いてるし
旦那さんと一緒だったから全然苦じゃなかったです。

時間はかかったけど歩いて帰れる距離でよかったとさえ思いました。

無事家に着いたときは本当に嬉しかった。
ジゼルとマックスも無事でした。
家の中の物も大丈夫でした。

帰宅してテレビを付けて、
真っ先に頭をよぎったのは福島にいる友達のこと。
安否確認のメールをして、しばらく返信が来なかったから
すごく不安になったんだけど、
夜遅くに無事を知らせるメールが届いたので
本当によかったです。

他の友達も私のことを心配するメールをくれたりして
すごくありがたかった。

こういうことがあると、人と人のつながりのあったかさを
改めて感じます。

心からありがとう。



世界中の誰も経験した事の無いような
ものすごい大きな出来事に遭遇してしまった私たちの国だけど
どこにいてもみんな繋がってる。
ひとりひとりの助け合いの力を合わせたら
間違いなく宇宙で一番強いパワーになるから
絶対笑顔で溢れる日本に戻ると信じています。

ひとりでも多くのみんなが笑えるように
我が家の旦那さんもお仕事頑張っています。
そんなお仕事をしている旦那さん、尊敬してるよ。

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