シャバットのお休みは
私の考古学の小旅行に出かけます。
今週は、あまりメジャーな観光スポットではない
イスラエル人でも知ってる人は少ない、
ヘロディウムというかなりオタクな遺跡に行ってきました。
この遺跡でヘロデ王の墓が発見され
ナショナルジオグラフィックでヘロデの生涯を見てから
何年も行きたいと思ってました。
ヘロデ王という、イエスの時代に生きたユダヤの王様が作ったものです。
この王の家系はエドムという地方の出身でユダヤ教に改宗した人たちなので
ヘロデ王も純粋にユダヤの王と認めない人も、当時も今もいます。
そのために、ユダヤの正当なラビの家系の娘と政略結婚したり
ローマの政治家に取り入ったりするのですが・・・
王様になってからも、猜疑心が強く、息子や妻など、家族さえも殺害してしまいました。
ちょっと悲しい王様です。
イエスが生まれる前に、ユダヤの王(メシア・救世主)が生れると聞いて
2歳以下の赤ん坊を殺させたお話しは有名です。
モーゼの誕生にもかぶりますね。
そんな狂気な王様なのですが、
私がヘロデ王の隠れファンな理由は、
素晴らしく優秀な建築家なのです。
エルサレムの第二神殿の大改築をしたのは有名です。
皮肉なことに、ヘロデ王の曾孫とローマ軍が神殿を破壊するのですが・・・
地中海沿いのカイサリア、人口港も2000年前の
建築技術には思えないほどの大仕事です。
水道橋や下水道システム
死海の畔のマサダのテラス
ローマ式浴場
そして、今回の要塞宮殿ヘロディウム~
想像以上に素晴らしいものでした。
この乾いたユダの荒野で
貴重な水を自在に操って、地下トンネルやいくつかの種類の浴槽まであった。
悪名高いヘロデ王、歴史的にも冷酷的なところばかりが
フォーカスされがちなのだけど、
ローマ内では裏切ったり裏切られたりで、ローマの政権はとても不安定だったし
それに加えて、隣国のシリア、エジプトなどなど。
そんな中、空気を読んで次の支配者になるであろう人を嗅ぎつけて
荒波の中を上手く舵をとった賢い王だったともいえる。
目の前に広がるユダの荒野を眺めていると想いは時間を越えていってしまう。
ヘロデ王のもっともっと前には、
サウル王に追われて逃げ回っていたダビデ王の姿も見えるようだし
もっともっと前には、
アブラハムが遠くウルからこの地にやって来た
あの山々の向こうには死海があって
死海文書のクムランがある。
そんな風に時間を超えた妄想をしていると
イスラム教の礼拝の音が近くのアラブの村から聞こえてきて
ここが、いつも国際ニュースを賑わせている地域だということ思い出させる。
この赤い看板には、イスラエル人国籍の人は立ち入り禁止、
命が危険にさらされます。とか書いてある。
こんな看板は、早く用無しになってもらいたいもんですね~