本音と秩序。そして責任 | 塩山みさこオフィシャルブログ「CAT walk」

本音と秩序。そして責任

人気番組出演者の悲しいニュースが流れています。
謹んでお悔やみ申し上げると共に
私なりにテレビに出るということについて
書きます。

こういう話題に触れるのは便乗したみたいで
嫌悪感もありますが
今だから私が言えることがあります。

まず、至極個人的な考えで
〈リアリティーショー〉と謳われている番組について。
リアリティーであって、リアルとは云ってない。
ショーとは、エンタメとして不特定多数の方に楽しんで(物議も含め)もらうもの。

なので
「台本は無い」は事実だとしても
制作側の望む筋書きはあるかもしれないのです。

たくさんの人のスケジュールや多大なお金がかかる番組制作に於いて、視聴者がワクワクすることが起こらないのが一番ダメなんです。
もちろん出演者も番組制作を担う一部なので
その点は理解しています。
任務を遂行するために現場ディレクター(監督)の指示には従うし、協力的な姿勢で撮影に臨むわけです。
だからこそネットで叩かれた出演者は
自分を責めてしまったのかもしれない。
どうであれ、番組制作に携わる側は
インターネットやSNSが普及している今を
昔と違うと自覚する必要がありますよね。
視聴率が稼げないから必死なるのもわかるけど
民放テレビ、つまらないですよね。

さて、ここからは私が実際に経験した話。
一例として、ある番組のリポーターをしていた時。
ディレクターは撮影の前に取材先に行って
番組のネタになるか下調べに行っています。
後日そこに我々リポーターが行くわけです。
でもいざカメラが回るとお店の方は緊張なさって思ったようなコメントが撮れない。
当然です。
なのでリポーターはディレクターが欲しいコメントを誘導するように会話を進めます。
街角インタビューなんかもそうです。
あと、そういうコメントが欲しいから
あらかじめお店の常連さんに、撮影日に来てもらうなんてこともある。
これは業界では〈やらせ〉でなく〈仕込み〉と言います。
制作側はもちろん〈やらせ〉は避けるけど
〈仕込み〉はあって然るべきものなんです。
その時点で視聴者と制作側との解釈の差を感じます。

どういう事かと云うと
制作側には撮影に至った時点で
「こうであってくれなきゃ困る」があるんです。
事前調査に則って台本を作っているし、だから企画が会議で通ったんですから。
最近テレビで聞く“撮れだか”に満たないと
まず帰れない。
ただ映像には《編集》がある。
《素材》を揃えて《編集》してしまえば
時間軸も何もかも操作できる!
カットすることも、脈略のないコメントや表情も繋ぎ合わせることもできる!

そうやって創り上げられたものを
私たちは見させられているということを
理解しなきゃいけないですよね。
要するに、ある事ない事、いっぱいです。

もちろん全部がそうであったり、誤解を招くものばかりでないこともご了承お願いします。
ある番組では、ロケでの時間軸そのままでは伝わらないからこういう風に編集させてもらったよ、と言ってくれたこともありました。
放送される作品としてそうであるべきだと思いますが、実際に体験していることと違うのは、私を含め現場にいた人間しか分かりません。

もう一つ、実際にあったこと。
スタジオに行くとプロデューサーが言いました
「2ちゃんで君たちのスレッドが立った。話題になってよかった」
当時2ちゃんを知らなかったけど検索してみたら、自分への評価は称賛とは程遠いものでした。
「バッドマンのジョーカーみたい」
「森三中みたい」とか。
(それ以来、森三中さんには親近感があって4
人目がいるなら私だわ!って思ってます)

ただ時代は変わる。目まぐるしいスピードで。
テレビ制作者はそれについて行けてないと
私は思う。
私が自ら2ちゃんを見にいってた時代と違う。
誹謗中傷も個人に矛先が向かい無視はできない。

それでもとことん無視すりゃいいって思います。
私も今ならできる。
でもこんな時代、当時の私と同年代の人たちに
無視すりゃいいだけとは言えない。

正直なこと云うと
テレビって時代遅れ。
そう思ってる。
私がそう言えのるは、今芸能プロダクションに所属してないからです。
芸能活動したい人の多くがプロダクションに所属することをまず希望するけど、何かに巻かれるくらいなら私は今がいいです!
こんなことも書けるし!