美し国 blog
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(令和8年)盆踊り大会・一之木/納涼祭。

『プログラム』

1、伊勢音頭(さわぎ)

2、東京音頭

3、郡上踊り(かわさき)

4、一之木ばやし

5、ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)


~休憩/15分~

6、炭坑節

7、相馬盆唄

8、お木曳音頭

9、らんまん踊り

10、河内音頭

11、ビューティフルサンデー田中星児Ver.

 

 

 

 

 

 

 

 

『伊勢神宮・外宮さんゆかたで千人お参り~お木曳記念・第28回八朔参宮~』。

伊勢では8月1日は八朔(はっさく)といいます。

かってこの日、五穀成就や無病息災を祈った。

「八朔参宮(はっさくさんぐう)」という習わしがあり、

この古き良き風習を伝えるため、

約千人が浴衣姿で伊勢神宮「外宮」にお参りしました。

『後援』

神宮司庁・伊勢市・伊勢市民総連合自治会・伊勢商工会議所・(公社)伊勢市観光協会

『協力』

月夜見宮奉賛会・豊川茜稲荷神社・外宮参道発展会・伊勢市内郵便局他

 

 

 

 

 

 

 

 

第六十三回 伊勢神宮式年遷宮 お木曳行事『豪華絢爛だんじり屋台/愛媛県西条市』。

第六十三回 伊勢神宮式年遷宮 お木曳行事の伊勢市浦口町の帰り車に浦口町と親交のある愛媛県西条市の豪華絢爛なだんじり屋台も同行されました。
 

※お木曳(おきひき)は、20年に一度の式年遷宮に向けて、新しい神殿の用材(ヒノキの巨木)を伊勢神宮へ運び入れる、伊勢市民にとっては最大級の伝統民俗行事です。

伊勢神宮外宮(げくう)へ陸路で運ぶ「陸曳(おかびき)」と、伊勢神宮内宮(ないくう)へ川を遡って運ぶ「川曳(かわびき)」があります。

令和8年5月16日撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

『第107回高柳商店街の夜店』。

高柳商店街の夜店は大正4年から​始まる​歴史ある​夜店​で、​

6月、7月​(第1週までの合計開催回数約17回)の​1,​6,​3,​8​(いち・ろく​・さん・​ぱち)が​1桁目に​付く​日及び、

​毎週​土曜日に​開催され、​伊勢の​夏の​風物詩と​いっても​良いイベントです。​

種類、数とともに​たくさんの​屋台などの​催し物が​夏の​夜を​賑わせます。​

地域の​特産や​名物が​披露される​イベント​(踊りや​太鼓)様々な​展示、販売ブース設置なども​数多く​行われ、今年も初夏の伊勢の夜が賑わいました。
 

主催:伊勢高柳商店街振興組合

 

協賛:伊勢市・伊勢商工会議所・(公社)伊勢観光協会

 

 

 

 

 

 

 

「ウルトラ・ラグジュアリー」クラスの高級クルーズ客船『シーボーン・アンコール』。

「ウルトラ・ラグジュアリー」クラスの高級クルーズ客船『シーボーン・アンコール/Seabourn Encore』が、三重県鳥羽市の鳥羽港に初寄港しました。

 

船内は世界各国のラグジュアリーホテルなどのデザインを手がけた、アダムD.ティハニー氏が担当し全客室はスイート仕様になっています。

 

総トン数: 約40,350トン

 

全長: 210.17メートル

 

乗客定員: 600人

 

就航年: 2016年12月(2024年に最新改装を実施)

 

船籍: バハマ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

此岸(しがん/迷いの世界)と彼岸(ひがん/悟りの世界)を結ぶ橋。

開店前の小さなお客様。

絶景のリアス海岸の眺め『面白展望台』三重県鳥羽市畔蛸町(あだこちょう)。

面白展望台は志摩市と鳥羽市を結ぶパールロードの途中にあります。
「面白」とは、鎌倉時代から受け継いだ松の名称に由来しています。
三重県鳥羽市畔蛸町(あだこちょう)は鎌倉幕府の第五代執権の北条時頼の縁の地で、
時頼が身分を隠して諸国を行脚した折りに当地に立ち寄られました。
畔蛸町にある西明寺は時頼を開基、時頼の師であった元庵禅師を開山として祀られています。
時頼は浜辺の風景が鎌倉の由比ヶ浜によく似ていることから鎌倉を懐かしく思ったと言い伝えられています。
鎌倉時代、太平洋上では鎌倉など東国に向かう船が行き来しており、
途中避難港として的矢湾に停泊して食料・水・船の修理などを行いました。
また、動力が風なので船乗り達は風待ちをして出航のタイミングを計っていました。
海上交通に欠かせない目印として畔蛸町に黒松があり、
時頼が詠じた「伊勢嶋や畔蛸の浦に来てみればいつも変わらぬ面白の松」という歌にも詠まれています。
また、江戸時代の古文書には、
「一徹波ねを洗えども傷まず、枝しじまり紫短くしてその景、尋常の松とことなり、是れ実に神の徳をあらわし千年の縁を生ずる事あらんや古来是れを面白の松」
と記されており、この松が展望台の名称の由来となっています。
残念ながら、黒松は嘉永(1854)年の安政東海地震による津波で流失してしまいました。
その後「二世面白の松」が鳥羽市指定天然記念物「西明寺のクロマツ」として西明寺境内にありましたが、平成15年に枯れてしまいました。
その後、面白の松の遺伝子を後世に残すために国の森林総合研究所に依頼して、
「クローン松」二本が成功し、三世として西明寺に一本、畔蛸町の神明神社参道に一本植樹されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雲海の境界。

宝来紙(午/うま)。

宝来紙とは「絵絹」「えとがみ」ともいわれ、
しめ縄の代わりに掛ける縁起物です。

様々な縁起物がかたどられていますが、
最もよく見かけるのは「たま」と呼ばれる宝珠で、
仏様が手に持っている
「願いをかなえる宝の珠」と干支の宝来です。

起源は弘法大師・空海が中国からもたらしたもので、
寒冷な高野山には農地がなく、
しめ縄を作る稲が手に入らなかった。
そこで代わりに絹や紙を使い、
切り絵にして飾ったことに始まります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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