頑張ったパパが亡くなった・・

3日間 たくさんの管に繋がれていたパパは 

全て外してもらい 

顔も体も拭いてもらって スッキリしていたキラキラ

 

 

パパのこの顔 3日前まで見ていたのに 

管のないパパは すごく久しぶりに

思えたえーん

 

不思議なことに あの紫の斑点が消えていた

あれは パパの体が 最後に悲鳴を

あげていたんだろうなぁ汗

 

 

ゆっくりパパと話をしている時間は無かったアセアセ

パパのお兄さんと パパの友達で

先日わざわざ来てくれたKくん 

に連絡したスマホ

 

 

私の知らない世界がここから次から次へと

始まったアセアセ

 

 

病院から渡されたいくつかの

葬儀屋の連絡先・・アセアセ

少し前 父と決めていた葬儀屋も 

その中には書いてあり

直ぐにそちらへ電話し 寝台車の手配 

時間を決めた

 

 

初めて死亡診断書を渡されたが 泣いている暇は無かったアセアセ

 

 

パパが亡くなる前 家族で決めていた事の

1つ・・・あせる

病院から葬儀場まで パパを運んでもらう話をしている時    息子が一言 

『パパ・・家に帰れないのか・・ガーン』 

と。

 

 

そこで 葬儀屋にお願いして 

かなり遠回りにはなるけれど 

家の前を通っていただけないか??

一度相談しようと決めていた

 

了解をいだだき 1名しか乗れない

寝台車には 代表して息子が

付き添うことになったあせる

 

 

後で息子から聞いた話によると 

朝4時過ぎの真っ暗な家の前に 

車を停め寝ているパパから 

家が見える側の車の窓を下げ

10分ほど停車してくださったそうですタラー

パパ良かったねハート

 

 

こんな形の最期の帰宅は 

本当につらいピリピリピリピリ

パパ自身も  まさかこうなるとは

思っていなかったよね・・もやもや

 

       つづく