財源なければ「寺社税」復活しかないのか? 地元紙も報道の辛らつ現実とは

 

 

 

 

Merkmal

観光公害への新課税

京都市バス(画像:写真AC)

 京都市は「観光公害」によって深刻な交通渋滞に見舞われている。さて、抜本的な対策として、観光客への課税を財源に公共交通を改善することはできないだろうか。

  【画像】えっ…! これが45年前の「京都市電」です(計10枚)  

 

現在、京都市ではさまざまな公共交通の整備構想が存在している。これには ・次世代型路面電車(LRT)の新設 ・凍結された地下鉄東西線の延伸計画 が含まれる。  また、新交通システムを活用した環状線構想も検討されている。しかし、先に書いた記事「京都市の「観光公害」 45年前廃止の「市電」が現役だったら避けられた?」(2023年11月12日配信)でも触れたとおり、これらの計画の進展は見られない。その主な理由は、京都市が直面している「財政難」にある。  総務省が10月に発表した2022年度決算に基づく自治体の健全化判断比率によると、将来負担比率が大幅に改善した。この比率は財政規模に対する債務の割合を示すもので、改善は朗報だ。  しかし、京都市の財政状況は依然として厳しい。京都市が将来負担比率を改善できた理由は、21年ぶりに 「公債償還基金の取り崩し」 を避け、約153億円を積み増ししたからだ。過去21年間、赤字を補填するために返済資金を使ってきた結果、財政は依然として厳しい状況にある。  市電廃止(1978年)後、京都の中心的な交通機関として期待されていた地下鉄は、大幅な赤字に苦しんでいる。このような状況を考えると、観光公害対策を理由に新たな公共交通プロジェクトを立ち上げることは不可能に近い。ということで、新しい公共交通機関を開発するための資金を確保する方法として考えられるのは、 「観光客への課税」 である。  京都市はすでに2018年10月から宿泊税を導入している。これは、宿泊料金に応じてひとり1泊あたり200円から1000円を課税する制度である。  この税収で年間約46億円を見込んでおり、バス停の改修費用に充てられる。京都市のほか、東京都、大阪府、金沢市も宿泊税を導入しており、税収は観光客の受け入れ環境の整備費用に充てられている。  宿泊税以外の形で観光客に課税する制度を導入している自治体もある。山梨県富士河口湖町は2001(平成13)年に「遊漁税」を導入した。この税金は、河口湖を訪れる釣り人が購入する遊漁券に課税される。  課税額はひとりあたり200円。岐阜県には「乗鞍環境保全税」がある。乗鞍スカイライン山頂駐車場を利用する車両に課税される。金額は観光バス1台につき3000円など、車種によって異なる。税収は観光客が利用する施設の清掃や維持管理に使われる。

古都税興起、寺社と京都市の争い

清水寺(画像:写真AC)

 

 現在は宿泊税しか導入されていないが、京都市にはより大きな税収が期待できる課税方法がある。 「寺社拝観料に対する課税」 である。  京都市はこれまでにも何度か拝観料に課税してきた。戦後、市は新たな財源を求め、1956(昭和31)年に文化観光施設税(文観税、7年半の時限立法)を導入し、1964年に期限切れに。新たに文化保護特別税(文保税、5年の時限立法)を採用した。  これらの税収は市内の公共施設整備に貢献したとされるが、寺社からの反発は強かった。例えば、清水寺は寺院を無料公開することで納税を免れ、東福寺は拝観謝絶を行うことで激しく抵抗した。そのため、1964年に文保税が導入された際、当時の高山義三市長は、今後同様の税金を導入しないよう寺社と覚書を交わさざるを得なかった。  拝観料への課税が再び問題となったのは1982年のことである。当時、京都市の税収は落ち込んでおり、再び拝観料課税を行うことで財政再建を図ろうとしたのである。こうして創設されたのが古都保存協力税(古都税)である。  市内35の寺社に10年間課税し、拝観料に大人50円、子ども30円を上乗せするというものだった。寺社はこの条例に強く反発し、1983年、条例は無効だとして京都地裁に提訴した。  しかし翌年、京都地裁はこの訴えを退けたため、古都税への反発は激化し、1985年には多くの寺院が拝観を停止する騒動となり、この騒動は 「テンプル・ストライキ」 として海外メディアにも報道された。多くの有名寺院が停止したことで、京都の観光産業は冷え込むのではないかと心配された。結局、古都税は1988年に10年足らずで廃止された。しかし、その数年間に観光産業は大きな打撃を受け、約354億円の損失を被ったと推定されている。

再燃する議論

宿泊施設のイメージ(画像:写真AC)

 

 これ以降、言及されることのなかった寺社への課税が再び議論の的になったのは2022年のことだ。地元紙『京都新聞』が3月7日付夕刊で「寺社に課税を市民の声 “観光収入あるのに”“不平等”」として報じたことがきっかけだ。 「「観光客からもうけている寺社から税収を得られないか」「寺社の税免除はあまりに不平等」―。そんな意見が、昨年夏におこなわれた京都市の行財政改革(行革)案への意見募集で相次いだ。財政危機からの脱却を目指す行革案に対し、寄せられた意見は約9000件。うち約240件が寺社に負担を求める意見だった」 そして、記事では「中には古都税の復活を求める声も41件あった」としている。  関係者の間でこの記事の反響は大きく、専門誌『月刊住職』『宗教問題』では相次いで古都税復活のトピックを扱う記事を掲載している。  とりわけ『宗教問題』35号(2021年夏季号)に掲載された元京都市会議員・村山祥栄氏の寄稿では寺社関係者のなかにも拝観料の一部を市に納めることに前向きな関係者の声も紹介し、 「近い将来に何らかの動きが出てくる可能性は高いのではないだろうか」 と結んでいる。  では、実際の拝観料に課税した場合、どれだけの税収が見込めるのだろうか。  古都税が導入された当時、京都市は年間約10億円の税収が見込めると試算していた。前述したように、古都税の税額は大人ひとりあたり50円に設定されていた。現在の物価上昇を考慮し、税額を2倍にした場合、税収は約20億円になると試算されている。  これは確かに魅力的な税収源である。しかし、大規模な公共事業、例えばLRTや交通システムなどの新しい公共交通機関の導入のための財源としては十分な規模ではない。  さらに、高額な課税を導入する際には、観光客が減少するリスクを考慮しなければならない。観光地としての京都は、その魅力から多くの観光客を引きつけている。ただ、いくら魅力的であっても、過度な課税は観光客を遠ざけてしまう可能性がある。したがって、税収を増やすための課税戦略は慎重に検討する必要がある。

 

AI予測で効率的なバス運行

京都市(画像:写真AC)

 

 では、仮に京都市が拝観料への課税と宿泊税の2本立てを実施し、年間約50億円の税収を得た場合、どのような公共交通関連事業が可能になるのだろうか。  京都市は観光客の利便性を高めるために独自の取り組みを展開している。特に注目したいのは、スマートフォンの位置情報や気象データ、時間帯などのビッグデータをもとに、AIが最大2か月先まで5段階でエリアごとの混雑状況を予測する「観光快適度予測」システムだ。  2023年度には、ライブカメラの映像解析を取り入れることで、予測の精度をさらに高めた。こうした高度なデータ分析を活用することで、市バスの効率的な運行が可能になる。例えば、AIを活用した混雑予測データは、需要の多い地域や時間帯に応じてバスサービスを調整するのに利用できる。  LRTの新設には年間約50億円の税収ではまったく足りないが、こうしたバスの効率的な運行やサービス向上に必要な投資額を増やすには十分だろう。さらに、運転手の待遇改善を通じて人材不足に対処する努力もできるだろう。バス運転手の労働環境を改善し、より多くの人材を確保することもできるだろう。  その上、観光客にとってのメリットも大きい。税収の増加を通じて、公共交通システムの質が向上すれば、観光客はよりスムーズに移動できるようになる。目に見える改善によって、観光客の課税に対する“拒否感”も緩和されるだろうし、多少の追加課税を喜んで受け入れるだろう。  現在、観光客は公共サービスにただ乗りしているようなものである。魅力的で、スムーズに移動できる観光都市を維持するためなら、より多くの負担を求めることはあってもよいだろう。

 

昼間たかし(ルポライター)