彼が書かなきゃ進めなかったように、
わたしも書き記し、
心の声を排出し整理しなきゃ進めないので迷いましたが残します。
・・・・・・・
「ASKAのブログ」
のことが耳に入ってから何日ほど経ったのでしょう。
事件の日から毎日毎日彼のことを考え、
真実に目をつぶり、
自分の本音も無意識に塗り替えながら
ようやくようやく平穏な日々を送っていた時に
突如飛び込んできたニュース。
目を通す前に、
早まる心臓を押さえ
慎重にクリック。
ずらっと並んだタイトルに一旦停止。
はじめて目を通したときはあまりの長さに
一行一行読み進めることよりも、
早く最後まで見てしまいたい!
そんな気持ちが大きく一気に目を通しました。
何か答えが最後にあるのかもしれないと期待したのでしょうか?
斜め読みの状態で思ったのは
「これ、本人じゃないかも・・・・・」
ファンの方ならみなさんが違和感を感じたように
ASKAさんがブログなんてものを書くこと自体が違和感なのです。
そして「「ピンチとチャンス」こんなダサいタイトルASKAさんがつけるか????」
「「飯島愛」とかこんなタイトルつけるか?????」
でした。
そしてその後2日かかり、
じっくり読み進め、
そして思ったのは、
「これ、本人だ・・・・・・」
そのときの虚無感と脱力感は今でも身体に残るほど、
今でも、まだ今でもわたしにこんなに影響を与える人だという事実。
わたし達がみてきた
「誠実で、真っすぐで、クリーンで、素直で、無邪気で」
このような印象の彼は、一般人が思う以上はるかにレベルを上回る程の
レベルだったという事。
理解しがたいモラルのなさも、
理解しがたい人を信用するさまも、
一般的レベルを超えていました。
そんな彼を丸い綺麗な円にまとめていた
事務所がない今、
「すべて、そのまま、湾曲することなく」
わたし達のもとに届いてしまったのでしょうね。
彼らしいと言えば彼らしい。
でもこれも今だから思えること。
これまでは単純に
「好き好き好き好きーーーーーー!!!!!
愛してるーーーーーー!!!かっこいいーーーーーー!!
彼以上の音楽を生み出す人なんていないーー!
好きーーーーーー!!天才ーーーーー!!(≧▽≦)♡」
こんな感じでした(笑)
思ったのは、
いかに上辺でしか見ることの出来ていなかった自分と向き合うことにより
自分に悲しくなったのもこの事件がきっかけ。
何十年もファンやってるのにね。
1年半前、
あれからしばらくわたしの人生から「音楽」というものはなくなっていました。
わたしにとっての音楽=ASKA
でしたから。
これからは音楽のない人生を送るんだ。
これまでたくさんの感動をいっぱいいっぱいもらってきたからそれで十分だ。
わたし幸せだ。
そう言い聞かせながら日常を過ごしていました。
今回の「ブログ」の件で彼の人間らしい部分。
よりわかった気がします。
「ファン」というフィルターをはずして「ひとりの人」としてみることが始めて
出来た気がします。
彼の音楽をきっとこれまでのような気持ちでは聴くことが出来ないでしょう。
透明な気持ちでわたしの心に過去の楽曲はもう届かない気がします。
でも、
でも、
でもでも、それを上回る「彼の新しい楽曲を聞きたいという欲求」が
まだまだわたしの中に残っている。
向き合っているうちにこんな答えに辿り着きました。
彼が魂かけて作ってきたという事実は
何があっても事実。
そこには嘘はないと信じることが出来ます。
だてに25年ファンやってないよね。
他のファンの方はどういうように受け取りましたか?
意見聞きたいです^^