活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~ -1026ページ目

scene2

 稽古場にはアメリカ人やらドイツ人やら国際色豊かな門弟が四名、円をつくってなにやら雑談をしていた。退会届を書く必要がある。師範の姿を探したが見当たらない。

 瞬は途方(とほう)にくれた様子で壁までいくと、すりきれた畳敷きに腰をおろした。

 「どうした?」

 先刻、かばってくれた長身の男だった。歳は三十歳くらいだろうか、小ぶりのボストンバッグをさげ高価そうなベージュのニットセーターに黒のチノパンをはいていた。

「先生が見あたらないので」

「俺も、いちおう師範だが?」

「え?」

「三年ほど、留守にしていたがな」

「……退会届を出したくて」

「なに?」

「退会届」

「なんで」

「やめたいから」

「だから、なんで」

「だから……」

 瞬は面倒になってきた。だいたい習い事をやめるのに理由などない。嫌になったからに決まっているではないか。

「合わなくて、僕。合気道」

「どこが」

「……もういいです」

「よかないだろう。入会してどのくらいなんだ?」

「一年です」

「黒帯か?」

「いえ」

「無級?」

「……はい」

「なにやってたんだ」

「は?」

「稽古に出ていなかったのか?」

 感情を逆なでするような問いかけの応酬(おうしゅう)だ。瞬は、かすかに頬をふくらませた。

「出ていました。週に2回、休まずに」

「……道着は持ってきたか?」

「今日は稽古をするつもりじゃなかったから」

「貸し道着があるだろう」

「え?」

「俺が稽古をつけてやるから。俺は篠塚(しのづか)だ」

「………」

 日本語が通じているのか、外人たちが押し黙って二人の会話に聞き入っていた。瞬は不承不承ながらも稽古に出ることにした。

 明日またくればいい。いつだって辞められるんだから……。



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