三國屋物語 第58話
「昨夜はとんだ災難だったねえ。奉行所の旦那にきいたんだけど怪我人がでたんだって」
「松吉がすこし怪我をいたしまして」
「松吉ちゃんが? 怪我の按配(あんばい)はどうなんだい」
「しばらく安静にしていれば治るそうでございます」
多賀美屋が緊張の色をといた。心根は優しい男なのだ。
「ところで、昨日、自害した小間物屋の娘。なんていったかねえ……」
「お静でございますか」
「そうそう。そのお静を自害に追いやったってえ男が、今しがた奉行所にしょっ引かれていったよ」
「新選組の新見さまで」
「ああ、こら、瞬ちゃん」
多賀美屋が、なにをいい出すのだといった仕草で、あわてて周囲を見渡した。
「滅多なことを口にするもんじゃないよ。連中、どこで聞き耳を立てているか知れたもんじゃないんだからね」
「違うのでございますか」
「違うよ。……まったく。可愛い顔して大胆なんだから」
「では……」
藤木の、いくぶん疲れたような微笑が脳裏を過ぎった。
まさか、藤木さま……。
「元次(もとじ)という、ごろつきだよ。なんでも、お静にしつこくいい寄っている姿を天ぷら屋のおやじに見られていたんだとさ。女中の格好をしていたから、まさか公家の御用所の娘だなんて思わなかったのだろうけど。悪い事はできないねえ」
「あの……。先ほど、お静を自害に追いやったと仰いましたが」
「そうだよ」
「元次は、お静になにをしたのでございますか」
「手篭(てご)めにしたんだよ。決まっているじゃないか」
話が見えなくなってきた。それでは新選組の新見は、どうして静を殺めたのだ。新見が静に手をだしたのでなければ殺める理由などないではないか。
瞬が呆けた顔でいると、多賀美屋が心配そうに顔をのぞきこんできた。
「ちょっと。瞬ちゃん、大丈夫かい。昨夜、賊に頭でも殴られたんじゃないだろうね」
突如として頭に浮かんできた脈絡(みゃくらく)のない疑問に、瞬は「あっ」と、頓狂(とんきょう)な声をあげた。
多賀美屋が目を丸くして背後の用心棒をふりかえる。どうやら瞬が本当におかしくなってしまったと思ったらしい。
「以前、きかせていただいた、わたくしに似ているという陰郎(かげろう)の話でございますが」
「なんだい。ころころ話が飛ぶねえ。陰郎がどうかしたのかい」
「店の場所を教えていただきたいのです」
「静に乱暴を働いたのは新見ではなかったと?」
篠塚が訝(いぶか)しげに問い返してきた。
篠塚も瞬とおなじ疑問につきあたったのだろう。新見が元次のために静を殺めたとは、とうてい考えられなかった。
「元次という、ごろつきだそうでございます」
「……どういうことだ」
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