闇と統合するまで、それは針の穴を抜けるように簡単ではないけれど



時間をかけて、自分の過去、先祖と向き合い、一つ一つ過去を終わらせ、

とうやることがなくなった。

 

後は過去を捨てるだけ。

 

過去を一切捨てるくらいの気持ちになる、

心がスッキリし、肩の荷が下り、ほっとする状態だ。

 

しかしながら、ここまでの道のりは、針の穴を抜けていくくらい難しいことだと実感している。

まあ、これは私のアセンションであるから、人によってはそうではないかもしれない。

 

特に私にとって難しいのは、過去のいまわしい部分や体験が頭では理解し手放せたとしても、

心の底にある刻まれた体験は、あるのだ。

掘れば掘るほど、ある。

 

相手のせいにしたい。

憎い。

何とかしてヤツをやっつけたいという本音が湧き上がって来る。

馬鹿野郎、絶対に許さない。

醜い闇の中の私がいる。

いつまでも恨んでやる。

何度も、何度も、それらの出来事を理解しても、また、同じ状態に陥る。

私をの罪悪感がその怒りを引き寄せる。

繰り返し繰り返し、起こる。

 

もう私は鬼のような存在、闇の中の王のようになる。

怒りを投げては、ブーメランのように私に返って来る。

 

しまいに、もういいや鬼でいい、映画「ロード・オブ・ザ・リング」

スメアゴルのようなみにくい私になる。

 

ちなみに、はじめ映画でこのスメアゴルを観て感動した。

一度この存在を観てしまったら、忘れられない。

なんて人間らしいんだろう、私は心をえぐられ親近感さえ感じた。

スメアゴルのひねくれた心が、今思えば、それは私の中にあったんだ。

 

闇なんて嫌だ。

美しくありたい。

光そのものになりたい。

という気持ち虚しく、私は闇の中に入る。

闇となったり光となったり、この繰り返し。

アップダウンする。

血圧が上がる、息ができなくなり、心身疲れ果てる。

 

そうだ、闇を受け入れるんだ。

憎しみやもっとひどい気持ちを受け入れることにした。

私の中に闇はある。

 

それが人間なんだ。

いい人だった私に、お前、嘘くさいなと自分に思った。

良い人になりたい、それって無理。

 

あんなに母親に好かれたい受け入れられたいと願っていた実家に戻り、

まるで、10代の反抗期の私は、悪い人間へと変身した。

口が悪くなった。

 

母親は、私をいじめている義祖母を悪く言うことを私に禁じた。

兄の私への虐待を放任した。

本当の怒りを抑えられた。

嘘でも良い家族と、しなければならなかった。

私の家系は、特に女は本当の怒りを正当に表すことができない。

みんな嘘をついているのに、それを嘘ではないと信じている。

嫌な人ににこにこ、嫌なのに仲良くする。

もう嫌われてもいいから、自分の気持ちを伝える。

 

嫌な人なら、近づかなくていいのに、

嫌なおばあちゃんと仲良くしなさいと母親から言われ、どんなに好きになろうと努力してもいつも嫌われた。

幼い頃から、家族は他人の集まりで、それに気を使い、すごく疲れていた。

 

嫌なことは嫌と言ってもいい。

 

ありがたいことに、ヨーロッパで、子育てができたことはとても良かったと思っている。

欧米の子どもたちが自分の気持ちを素直に表現している。

自分の考えをしっかりとン持つことができる。

それが自分を支えてしっかりと大人になる。

その様をみて感激した。

当時日本は、まだ、女性がはっきりと意見を言えないような空気感が強かった。

 

 

そして、紆余曲折しながら、私は嫌な自分と向き合い続けた。

すると、いつしか3次元から離れ、5次元に飛び、そこから眺める時間も増えてきた。

 

 

5次元にいると、本当にまったく違う視点を持つtことが出来る。

すると、3次元世界の現実が、まるで劇中劇みたいに見えてくる。

真実味がなくなってくる。

 

感性がますます敏感になり、このマトリックスを意識するようになる。

すべて作り物に見えてくる。

この世界のほころびが見えてくるのだ。

そして、この世界、騙されて脅されていることに滑稽さを感じ始める。

余裕さえ出てくる。

死んでも生きても、いいのかもしれない、そんな気分になる。

 

時間は本当にあるのか?

暦も、ふわふわしてるくらい時の感覚がない。

私は漂っている感じ。

 

これが現実を変えることなのだ。

なぜなら、現実が固まっていないから。

現実は変わるということ。

 

私は残っている人生、物欲を活かし、豊かに夢を物質化したい。

 

 

それでもしつこく、闇が来る。

私の3次元が5次元に完全に移行するまで。

それでいいのだ。