1997年3月27日
夕方近くだったかな・・・
いつも通りに仕事をしていた私。
すると・・・携帯が鳴り出てみると、
「パパだけど・・・」
と、Dadの声。
突然なんだろう?と思いつつ、
「うん、どうしたの?」
「お家が・・・・
燃えてしまった・・・」
今、何て?
「ごめんな、chappyが大事にしてた物とか・・・
全部、なくなっちゃったよ・・」
それ、今言う事?
「みんな無事なの?」
「大丈夫!」
全く、理解不能で・・・とにかく
「帰った方がいいかな?」と聞くと、
「うん・・・・帰れるなら・・」
当たり前やんっ!!
帰り途中、色んな想像をしながら、
何が必要かを考え、思いついたまま
「携帯の充電器はあるの?」
って言う電話をかけた記憶だけ残ってます・・
そこから、途中、電車で何を思い、何を考えていたか・・・
ただ、
お家は、角を曲がった所にあり、
その「角」を曲がるのが、とっても怖くて、
少しどうしよう・・・って立ち止ったような・・・
そして、角を曲がると、大勢の人がいました。
そして、どこに行けばいいのか分からず、
先ずは、当時一緒に過ごしていた、わんこ
の所在を!!
と、見渡していると、集まった人の1人のおじさんが
抱っこしてくれてました。
小刻みに震えて抱かれてた
無事で良かったって思いながら、抱っこしながら、
そのおじさんに、両親の所在を聴くと
「中にいるはずだよ」
と教えてくれたので、もう一度
を託して中へ入って行きました。
鉄筋部分が多かったので、原型は留めていたんで、
すっぽり「無」というイメージはなかったんですが、
家中は、ぐちゃぐちゃでしたね。
それから、14年。
今は、もちろん、普通の暮らしです。
正確にいうと、1年間は借住まい生活をしましたが、
1年後には、また同じ地での生活へ戻りました。
その1年間、両親は必至だったと思います。
当時、既に、決して若くない2人には、
不安ばかりだったはず。
でも、「負けてられるか!」って
相当なパワーで頑張ってくれたから、
今があるんだと思います。
すっかり成人していたはずの、私ですが、
何をしたって事は、何一つありません。
ただ、泣かずに、毎日笑って過ごしていた・・・かな?
何かするたび、「あ・・・・あれ無いんだ・・」
って失ったモノに遭遇する日々の中、
泣かずに、振りかえらずに、頑張ったかも。
だから、私には、例えば・・・・・
子供のころの写真や、卒業アルバム、卒業証書・・・・
はありません。
でも、思い出はちゃんと、全部あります。
火災日から数日後、出勤初日に、仲良かった子が、
座っている私の後ろに来て、
「大変だったね」と言って、手をまわしてくれました。
「これ、使って」と、Tシャツなどを渡してくれた子も。。
多くの人に支えられて、今があります。
どんなに苦しい状況にあっても、
支えてくれている人は、たくさんいます。
必ず、います!
だから、頑張らないと!!
ね、頑張ろう~!