ここ数日、関西はぽかぽか陽気ですね。



風のにおいも空気の色も、もう春。



ずっと大嫌いだった春ですが
会社をそんな春(4月)に設立したことで
4年前からは大好きな季節になりました。





こんにちは。
「こころを言葉に」「伝えたい」を伝えるあぶくです。






今日、お打ち合わせで話したことを
ここにもちょこっと書きたいと思います。




「聞き上手」って言葉ありますよね?


皆さんはこれをどう解釈されていますか?






世間的には
人の話を聞いてあげられる人のことを
そんな風に称しているような気がします。





でも、あぶくの仕事においては少し違う。





『聞き上手とは、相手の話を聞いてあげることじゃない。
 目の前の相手が伝えきれていない
 奥底の言葉を引き出してあげること』





今から10年ほど前にそう教えてもらいました。






「書き伝えること」
「言葉の使い方」
「文章のなんたるか」


その基礎を一から叩き込み
もの書きとして育ててくれた
尊敬する元上司がまっすぐにそう教えてくれたのです。





そして「書く」仕事において
「聞き上手」であることはとても重要だ、と。







言葉には、考える、伝える、という2つの役割があって
伝えるためには「聞く力」が絶対不可欠です。



「聞く力」をつけることで「伝える力」が養われていく。






最近は「伝える」ことが過剰になりすぎている、と
以前、何かの雑誌で読んだことがあります。


それは「聞く力」を信じていないからかもしれない、と。






「伝えたい」という欲求は誰もが持っているものです。
その想いの強さが伝播するうえで必要でもあります。




ただ、そればかりに比重をかけすぎると
気持ちと反して「伝えたい」は伝わらなくなる。







「聞く力」があってこそ「伝える力」が生まれます。
それは、相手を想う、ということでもあるんですよね。




「伝えたい」は自分の想い。
「聞く力」は相手への思いやり。



そう言い換えられるかもしれません。








だとしたらやっぱり・・・





「聞く力」があってこそ
「伝えたい」想いは届いていくのではないでしょうか。









今日はまたいいお天気でしたね。
空気はひんやりしているけれど
陽光のやわらかさや風の匂いに
もうそこまで春がきていることを感じた1日。


久方のぶりにじっくり浴びた外気は
やはり心をしゃんとしてくれるものでした♪



こんにちは。
「こころを言葉に」「伝えたい」を伝えるあぶくです。






先々週末から先週土曜日までの1週間を
べっとりベッドのなかで過ごしました。


風邪をこじらせ扁桃炎となり
弱った身体にインフルエンザ菌が入り込み
8年ぶりぐらいにインフルエンザになり
打ち上げられた魚のような状態で
ただただ布団にくるまれておりました。




昨年秋に体調を崩し
逆流性食道炎、表層性胃炎、十二指腸潰瘍と
胃腸の病オンパレードを経て
年明けからは無駄にエネルギーに満ちていたのですが・・



それも完全に空回ったかのような今回の寝込み具合。






いやはや・・
健康だけが取り柄だったのに・・・
まったく情けないったらありゃしない!



あぶくから健康を取ったら何も残らないじゃないか。






やはり今年は健康第一“思考”でまいります。
(↑ あえて“志向”ではなく“思考”としておりますので)







人間って
エネルギーがあればいい、ってもんでもないんですね。




なんでもそうだけど
過不足のない状態、っていうのが理想なわけで・・






エネルギーがないと何もできないけれど
溢れすぎたエネルギーは
ときに自分自身さえも飲み込んでしまう。



自らから湧き出たエネルギーなのに
その出先さえも食い込んでしまうことがあるんだなぁって
今回あらためて痛感しました。






心や身体はとても正直で
どれだけ意気込んでも
どれだけエネルギーを満ちあふれさせても
出所である自身の深部とバランスが取れないと
それは毒にすらなってしまうのかもしれません。






何事もバランス。




自分を知り
無理をせず
フラットなエネルギーを力に変えていく。


常に過不足のない状態を保てるように
行き過ぎず、滞らず、自身の心に問いかけながら・・・







0か100かの性分のあぶくには
これがなかなか至難の業のため
無駄に走りすぎたり
驚くほど無気力になったり、と
上下の波がはんぱないんですよね、ほんとに。





36歳。
世間ではアラフォーと呼ばれる域に入ったのに
未だアンバランス街道まっしぐらな自分に
ほとほと嫌気がさしますが・・・



それも自分。
これも自分。

もはや諦めております。



ただ、もう少しだけ・・
ほんの少しだけ・・・
バランス感覚を養っていこうと思います。






せめて・・




自分の放ったエネルギーに飲み込まれないくらいの
見極めができるバランス感覚くらいは手にしていなきゃ



大切なものなんて守れない。
大切な人たちと向き合えない。








そのためならきっと






マイナスをプラスに変えていける。










久方ぶりの5時起きが
思いのほか苦痛ではなかった今日。

ぱつっと目覚め
さくさく用意をしたのに家を出るのが遅れ
冷えきった真っ暗な早朝に全力疾走しました。


おかげで吐きそうになりました。


でも、朝早くからかつかつ活動すると
身も心も清々しいものですね。





こんばんは。
「心を言葉に」「伝えたい」を伝えるあぶくです。






いいことと悪いことって
絵に描いたように交互に訪れませんか?



36年の人生のなかでそれを何度となく体験し
あまりの地獄と天国(天国と地獄)具合に
起こった出来事より驚いてしまうこともたびたび。




昨日も
このブログにさらっと書きましたが
びっくりするようなショッキングな出来事が
突如、この身に降りかかってきました。




まぁ、自業自得なんですが。。



マンガのように顔が青ざめ
血の気がひくとはこのことか! というほど
奈落の底までジェットコースター下降!!


冷え性のあぶくがより一層凍りついたほどに。





ただ、独立・起業して4月で丸4年。
すぐに諦められるんですよね。

思っている以上に図太くなっていたもよう。






自分の怠慢や愚かさが招いたことだから
受け入れて前に進むしかない。
ああだこうだと悩んでみても
起こってしまったことは変えられない。





少し前なら、起業したあのころなら
絶対に考えられなかったけど
いつか話のネタになるだろう、と
完全に開き直れてしまえる自分がいました。



少しだけど強くなれた。
そういうことにしとおきます(笑)


多少のことでは動じなくなった自分に驚きました(笑)






この4年弱、いろんなことがあったからな~


逃げ出したいと思ったことも
何もかもが嫌になってしまったことも
目の前が真っ暗闇で進む道が見えなくなったことも。



でも、なんとかここまでやってこれた。
だから、なんとかなる! って本能が言うんでしょうね。







そして今朝
お誘いいただいていたビジネスミーティングで
大好きな方に久々にお会いできて
かつ「きゃー!」って叫びたくなるほど
嬉しくて幸せな出来事に出会ったのです。



前日の出来事が嘘のように。
あの出来事の穴埋めのように。








現実はときに厳しく
逃げ場さえ見出せない絶望を運んでくるけれど
それでも自分を信じ前を向き続けることで
それに等しい幸せに出会わせてくれる。




下を向いて歩いていたら
木々に降り注ぐやさしい光も
雲間に伸びる神秘的な天使の梯子も
きっと知ることはできないでしょう。



涙を流しても
苦しみのあまり笑えなくても
ただ顔を上げておくだけで
小さな幸せに出会うことができる。





無理をして涙を止めなくても
無理に笑おうとしなくても
自分の周りを彩ってくれる幸せの種が
いつか心に芽吹いとき・・・



泣いた分だけ
苦しんだ分だけ
ほかの誰とも違うきれいな花が咲くはずです。






大好きな作家、江國香織さんが
自著のあとがきにこんなことを書かれていました。




『人生は勿論泳ぐのに
安全でも適切でもないわけですが
彼女たちが蜜のような一瞬を
確かに生きたということを
それは他の誰の人生にも
起こらなかったことだということを
そのことの強烈さと
それからも続いていく生活の果てし なさと共に
 小説のうしろにひそませることができていたら嬉しいです』




あぶくはこの文章が大好きなんです。
まさにこの通りだと思うから。



人生は泳ぐのに安全でも適切でもないけれど
そこで起こったことは自分だけの物語。

他の人の人生には起こらなかったこと。



いいことも悪いことも含め
そういった日々の出来事で人はできている。

あぶくはそう思っています。



だから、プラスもマイナスも
同じように大切に生きていたいですね。




いいことと悪いことを
ジェットコースターのごとく繰り返す
愚かで歪な自分だけの人生が
底抜けに愛おしく感じた2日間でした♪