雲ひとつない真っ青な空に誘われるまま
遠くに行ってしまおうか、と行き先を考えた後
午後から取材があったことを思い出し撃沈したあぶくです。
先日、とある本を読んでいたとき
とても興味深い話に出会いました。
自分の無知さを思い知る内容だったのですが
文章を書く、ことにも通ずる話しだと思ったので
備忘録としてここに記しておくことにします。
今年の春先。
イタリアでレオナルド・ダ・ヴィンチの幻の壁画
「アンギアーリの戦い」が500年のときを経て発見されました。
ニュースにもなっていたようなので
ご存知の方もいるかもしれませんね。
今から約500年前の1504年。
レオナルド・ダ・ヴィンチは
イタリア・フレンツェのヴェッキオ宮殿の500人広間に
上記の壁画を描いたとされています。
しかしその作品は
後のヴェッキオ宮殿の改修により失われた、
歴史家のなかにはそう主張している人も多かったようです。
でも、本当は破壊などされていなかった。
1563年。
壁画隠しの職人であったジョルジオ・ヴァザーリは
お上の命によりヴェッキオ宮殿に描かれた
ダヴィンチの壁画の上に嫌々ながらも別の絵を描いたそうです。
ただ、ダヴィンチの大の信者であった彼は
「マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い」と名づけた
このフレスコの壁画のなかに描いた兵士の一人が持つ旗に
ある小さなメッセージを書き残していました。
『CRECA TROVA!(探せ されば 見つからん!)』
このメッセージがきっかけとなり
ダ・ヴィンチ最大の壁画の存在が明らかになったのです。
ダ・ヴィンチの信者であったヴァザーリは
壁画の上に数インチの空洞を作り
その上に二重壁を設置することで
偉大な先達の作品を守っていたんですよね。
この出来事を読みながら
言葉や表現も同じだな~って思いました。
よりよい言葉や表現は陰に隠れて見えないもの。
何かをどかせば次々に現れてくるんだけど
みんな途中で諦めちゃう。
ダ・ヴィンチの壁画じゃないけれど
なんせ根気のいる作業ですからね、探し出すのって。
『ボキャブラリーがないからうまく書けない』
『あぶくさんはボキャブラリー豊富ですね』
仕事柄、よく言われるのですが
私は決してボキャブラリーが豊富なわけでも
もちろん、天才的な才能があるわけでも、ありません。
人の心に響く文章が書けること。
人の心深くに伝わる文章が書けること。
それと、ボキャブラリーは比例しない、のです。
もちろん言葉を知らないより知っていた方がいい。
でも、言葉をたくさん知っているからといって
いい文章が書けるわけでは、ない。
「伝えたいことはあるのにうまく書けない」人と
「伝えたい想いを言葉で表現する仕事ができている」あぶくに
違いがあるとすれば、それこそがヴァザーリが遺した言葉
『探せ されば 見つからん』
つまり・・
「伝えたい!」という衝動を頼りに
想いを的確に表してくれる言葉や表現を
どこまで根気よく探し抜けるか。
ただそれだけ。
でも逆に言えば、ただそれだけ、が
描かれる文章の温度と密度を変える、のです。
気の遠くなるようなその作業の最大の頼りは
やっぱり、元になる衝動の強さ。
ダ・ヴィンチの壁画でいえば
「この下に必ずダ・ヴィンチが隠れている!」
「幻の壁画を見つけ出す!」
という、揺るぎなく強い衝動。
あぶくでいえば
「この人のことをよりリアルに伝えたい!」
「この人のこの想い、多くの人に知ってほしい!」
という、細胞から湧き出る押さえ難い衝動。
ボキャブラリーなどという表面的なものに惑わされず
自らのなかにふつふつする熱を頼りに
今までより少しだけ気長に言葉に向き合ってみる。
それだけで、必ず見つかるはずです。
目に見えている言葉は氷山の一角に過ぎません。
だからこそ・・・
探せ されば 見つからん!