1995年1月17日5時46分。

阪神・淡路を襲った大震災。




あの日の、あの一瞬のできごと。





今でも、怖いくらい確かに、覚えています。

こころでも。
からだでも。






地震というものに馴染みのない地域。



揺れのおさまった自部屋で、
再びの眠りに入ろうとしていた私。


血相を変えて飛び込んできた母親。






何かとんでもないことが起きたのかもしれない。








部屋のカーテンを開けた瞬間。
目に映った光景は幻想のようでした。






言葉の通り、
完全に傾きひっくり返った外の世界を見て、
初めて沸々と湧き上がった「怖い」という感情。








1階が潰れたマンションがとても多く、
自分の住む家が同じ環境であるという事実に、
日に日に恐怖は増していきました。



日中は家を片付け、
夜になると車のなかで過ごす毎日。



とはいえ、いつまでも車中で過ごすわけにはいきません。





絶え間なく続く余震に心をびくつかせながら、




「明日の朝、目覚められないかもしれない」






毎晩、そんな恐怖のなかで目を閉じました。






「あ~生きていられてよかった」





それが、朝、無事に目覚められた瞬間の想い。


毎日、毎日。
ただひたすらに、そう思いました。






「生きていられる」






そのことが当たり前ではないこと。
そのことにあんなに感謝したこと。

愚かだけれど生まれて初めて、
本気で知ったような気がします。



それ以来、意識は明らかに変わっていった。






「明日死んでもいい、そう思えるように生きていこう」







あれから14年。






死と背中合わせの日々を経験したことで、

生きていられることへの、感謝。
きちんと生きなければ、という戒めの気持ち。


それらに突き動かされてここまできました。








与えられた人生をきちんと生きるため。
自分の使命をまっとうするため。


そこに意識を向け続けた結果、


会社をつくる、という生き方を選びました。







生命の尊さを嫌というほど知った震災が、


過去でも、未来でもなく、



【瞬間を精一杯生きる】





ということを教えてくれました。








時間とともに事実は風化していくかもしれない。
それでも、決して忘れてはいけないことが、ある。





瞬間的に、無惨に、奪われた多くの尊い生命があったこと。
その影で生命を奪われるより苦しい想いをしたひとびと。






そこにあったはずの輝き。






二度と手にできない温もり。









そんなすべてを、
どこかで、ちゃんと、覚えていてほしい。












忘れない、ということを










どうか、








忘れないでいてください。







生きていられる、という尊さとともに。

当たり前、という儚さとともに。