こんばんは!
育休中の救急医です!
今回はすこし私のこと。
人生の最期について考えるきっかけとなった出来事。
私が医者になって初めて患者さんの看取りに
関わったのは呼吸器内科の研修中。
癌があり、すでに末期の方で延命は望まれず
家族も最期の時が近いと知っている状態。
看取りの時に家族が意識のない患者さんに
ベッドの横で思い出のアルバムも見せながら
泣いているのをみて、
もらい泣きしそうなのをグッと堪えていました。
上級医には、
"最期が穏やかかどうかは家族や本人の願いが叶うか次第だし、家族の理解も必要。だからちゃんと説明して考える機会を与える必要がある。"
と教えてもらいました。
その後に救急科で研修した時に、
心肺停止の患者さんに対して
"どこまで治療しどこから救命できないと判断するか"
を学ぶと同時に
"限られた時間で家族に説明する難しさ"を知りました。
呼吸器内科では癌の患者さんに長い時間にわたって
もしもの時の対応や
治療継続の希望の有無などを話し合い、
本人も家族も納得する時間がありました。
しかし救急科では緊急の場面が多く
事故や突然倒れたなど
予期していなかった事が起こった時は
家族に時間はありません。
それなのに、最終的に判断を委ねられるのは
本人ではなく家族。
悩んだりパニックになったり
自分には決められないとあたふたしたり…
でも中には
昔から「私に何かあったらこうして欲しい」と本人から言われてる
と決断に迷いがない人もいました。
そんな2つの科での学びや経験から、
誰しもいつか最期を迎える。
それなら自分の最期はどうしたいか
何をして欲しくて何をして欲しくないのか
考える時間がある時に考え、それを周囲に知ってもらうことが大事だと考えるようになりました。
そういえば…
私の祖父は私が中学生の時に自宅で亡くなりましたが
それが普通なのだと思い、
その時はあまりピンときていませんでした。
色々わかるようになった今としては
"腎臓が悪くなり透析が必要となった時に
自宅看取りを希望しており、
体力的にもこれ以上しんどい思いを
長引かせたくないと透析はせず、
自然なままで家族に囲まれて安らかに旅立った"
これがなかなか難しいことであると知りました。
また、これは祖父が元気なうちから周囲に話していたことで実現したのだと後々知りました。
これらの事からも、
家族の希望も聞いたり
「死」というテーマがタブーではなく
もっとフランクに話せる環境や風習があればいいなと思います。
そして医師としては、
救急科ではなかなか難しいかもしれませんが
心肺停止状態以外では
患者さんにも現状を知ってもらうことや、
家族と考える時間を作れるように努力したいと思います。
決断を急ぐ場面でも
出来るだけ簡潔に的確に説明することを
心がけたいと思います。
ただ、これが実際に説明される側の人は
どう受け止めてるかわからないとこが悩ましい…
そんなこんなで今回は私のことをちょっと話させてもらいました!