12 | (タイトルはいろいろありまして言えないのです)

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クラブ・バニラの支配人、岡崎は裁判で負けたばかりだった。岡崎は店を辞めるという主任と揉め、半月分の給料、十四万円を払わなかったら、提訴され、裁判となった。裁判では元主任のサービス残業代が百八十万円に達していたのも明るみに出て、その一部も店が支払うべきとなり、元主任に支払うお金が最初に揉めた十四万から百万円になった。
岡崎は裁判所からの支払い命令を無視していた。しかし、クラブ・バニラがクレジット・カード会社と契約していて、元主任の友人の弁護士が裁判所の決定通知書をクレジット・カード会社に送ると、岡崎の知らないうちに、クレジット・カード会社から百万円が元主任に払い込まれた。
岡崎の弁護士が元主任側に、もうやめてくれと泣きをいれたので、なんとか争いは終わりそうだったが、クラブ・バニラの社長がその結果に激怒して、損失の百万円は岡崎が自腹で払うことになった。岡崎はコロンビア人ホステスの恋人がいたが、社長から百万円を返せと言われてから、彼女に使うお金がなくなり、逃げられていた。
そんな時に、岡崎はオーバー・ステイですべてに困っているはずなのに、キリスト教徒だからなのか、客から現金を餌に誘われても、しっかり断り、始発のJRで帰っていくジュリアの存在を、飲み仲間であるタランチュラの小笠原店長から聞いた。岡崎は間違いなく、オーバー・ステイという弱みにつけ込めると思い、ジュリアに目をつけた。
岡崎は店が暇になったタイミングで、タランチュラに行き、ジュリアに、おいしいごはんを食べにいこう、ゴージャスなオイスターバーを知っている、その前にブランドのカバンでも、時計でも買ってあげる、今週、温泉に一緒に行かないか、ガールフレンドになってほしいといつも同じせりふで口説いた。
岡崎はクラブ・バニラの支配人で、あちこちのホステスに手を出す男と周りのホステスから聞いていたので、ジュリアは彼を怒らせないように対応していたが、アイ・フォーンをもらってしまい、確実な有効期限があるビザ付きのパスポートを手に入れてあげるとも言われていた。アイ・フォーンはさとるのアパートを出てから触っておらず、電池が切れたまま、トート・バックの中に入っていた。
タランチュラには岡崎も頻繁に来たし、ブラックな店だったので、ジュリアはカーチャとともに辞めた。
そして、ロシアに帰ることを考え始めていた。ジュリアの初めての外国生活を助けてくれた大阪の店のママが癌で亡くなったことを、佐々木のマンションを出て、西永福のジュリアの狭い部屋に転がり込み、共に生活していたカーチャから聞いていたからだった。

ジュリアはまたお腹が痛くなっていた。アルコールの影響だと思った。ホステス仲間から勧められた乳酸菌のビオフェルミンSやウコンのサプリを毎日飲んで、働いていたが、お酒を飲む仕事を辞めたかった。でも、どこかの店で働き、ロシアに帰国できると聞いていたパスポートのお金を作らないといけないと思い、ブルー・ミリオンで働き始めていた。
ブルー・ミリオンは、看板も出さない、インターネットでも情報を出さない店だった。ジュリアのような、わけありホステスはリスクがあったが、弱みもあるので、搾取できるパターンでもあった。
そのうち、岡崎がブルー・ミリオンにやってきた。どこの店の店長もママも知っているようだった。ジュリアは岡崎にアイ・フォーンを返そうとしたが、受け取ってもらえなかった。

真夏になりかけていた。下呂も暑かった。
親方の部屋もさとるの部屋も六畳の部屋にリビング・キッチン、トイレ、水しか出ない風呂と同じ造りで、古いソファも同じだった。年代物の茶色い床置きエアコンも同じように故障していた。それでも、夜、網戸から涼しい風が入ってきた。
親方はさとるが週末、どこかに遠出しているのに気づいていた。親方は詳しくは訊かなかった。さとるは、
「東京時代の愛情関係です」
とだけ報告していた。親方とさとるは時々、親方の部屋でビールを飲みながら、お互いのことを話すようになっていた。親方は六十代くらいに見えた。日に焼けた男っぽい顔立ちで、中肉中背、灰色の作業着から見える両腕は太かった。名古屋には奥さん、息子さん、娘さんがふたりいるとのことだった。
「三十の時、結婚したなぁ。おれは」とか、「娘がふたり、同じ時期に大学に入ってなぁ・・・あん時が、一番、きつかったわ」とさとるに話すのだった。それが愛なのだ。
下呂のムササビたちも頑張っていた。親方のベランダの倉庫は開き扉に隙間があり、奥に立てかけられた、すのこの裏側にオスとメスの賢いムササビが巣を作っていた。 
さとるは大きなリスを獰猛にしたような野生のムササビを初めて見た。仔がいるのかどうかはわからなかった。ゆるく結ばれていた紐をほどき、倉庫の扉を開けるとムササビはさとるに向かって攻撃的に身構えたが、その小さな目は語っているようだった。
「愛がないのはつらいことだよ。精一杯、誰かを愛する努力をしなきゃね・・・」
「そうかな?」
「そうだよ!」
さとるはムササビに負けたくなかった。そのうち、ぱらぱらめくっていた男女関係のマニュアル本に、「女に好きな気持ちを表現し続けること。そうすると女も次第にこちらを好きになる」という言葉を見つけ、俳優の石田純一さんの、「婚活は人生で最も重要な営業である」というニュース記事にあった名言も思い出し、さとるはやっぱり、ジュリアにメールし続けようと思った。
 すぐに、
「愛してる。ごめんね」
 翌日、
「まだ、愛してる。ごめんなさい」
反応はなかった。自分の言語である日本語ばかりを書くのは傲慢。ロシア語のメールを送るしかなかった。さとるは本屋に行き、ロシア関係はその辞書一冊しかなかった、「日露英・露日英事典」を買って帰った。辞書の見返しの、「ロシア語の文字」に、ロシアのアルファベットであるキリル文字がしっかりと印字されていた。
РОССИЯというキリル文字は、ローマ字ではROSSIRで、ロシアと読む。PはPではなく、キリル文字ではRだった。Oはそのまま。СはSと理解しなさいとロシアの地ではなり、И、このNのひっくり返った字がI。これ、一文字なら、「イー」という発音で、「and、そして」の意味らしかった。Иの文字の上にコンマのような記号までついているのもあり、コンマありとなしでは、少し違うようだった。
Rという文字も、Яとなった。国民性も英語圏とは逆なのだろうか? 騙しなしの実直さ? Oは、ロシア人でもひっくり返せないようで、そのままで、РОССИЯは、ロシアとなるのだった。
反応はなかった。自分の言語である日本語ばかりを書くのは傲慢。ロシア語のメールを送るしかなかった。さとるは本屋に行き、ロシア関係はその辞書一冊しかなかった、「日露英・露日英事典」を買って帰った。辞書の見返しの、「ロシア語の文字」に、ロシアのアルファベットであるキリル文字がしっかりと印字されていた。
РОССИЯというキリル文字は、ローマ字ではROSSIRで、ロシアと読む。PはPではなく、キリル文字ではRだった。Oはそのまま。СはSと理解しなさいとロシアの地ではなり、И、このNのひっくり返った字がI。これ、一文字なら、「イー」という発音で、「and、そして」の意味らしかった。Иの文字の上にコンマのような記号までついているのもあり、コンマありとなしでは、少し違うようだった。
Rという文字も、Яとなった。国民性も英語圏とは逆なのだろうか? 騙しなしの実直さ? Oは、ロシア人でもひっくり返せないようで、そのままで、РОССИЯは、ロシアとなるのだった。
ПАРИЖ。これはPARIS。フランスのパリのこと。「Ж」は「S」の意味だった。ロシアに住むならば、蜘蛛みたいな面白い文字も覚えることになるのだった。これらがキリル文字で、初期キリル文字の初出は940年頃と言われており、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンなど旧ソビエト社会主義共和国連邦国だけでなく、旧ユーゴスラビアのセルビア他、ブルガリア、モンゴルなどでも使われているのだった。そして、かつて、スターリン、レーニンなどの時代、外国の一般人はとても入国できない、ニュースメディアで知るだけの連邦国家、CCCP(エス、エス、エス、アール)、ソビエト社会主義共和国連邦は、すでにロシアという以前とは全く違う体制の、世界で一番、国民を守る国になっているのであった。グレゴリオ暦、曜日、時刻、天気予報以外、噓しか言わない西側メディアはなんとしてでもロシアを極悪にしたくて、年中、罵っているが、外国は日本から外に出て、現地を経験してみなければ、わからないものである。

さとるはロシア語の辞書から、「アヂノーチストヴァ(孤独) 」と「ザミチャーチ(気づく) 」という単語をメモに書き写し、愛の詩を作り始めた。ジュリアはひらがなとカタカナをマスターしていたので、カタカナで甘えることにした。動詞の難しい変化なども考えないことにした。「わたしは、下呂の孤独の中で、気づいた」の意味で、「ヤー(わたしは)・ザミチャーチ(気づきました)・ヴ(~の中)・アヂノーチストヴァ(孤独)・ゲロのやま」と愛の作文の書き出しをカタカナで書いてみた。それから、
「パニマーチ(理解する)・ドルーク、ドルーガ(お互いに)。イショー(もっと)・ウヴァジャーチ(尊敬する)・ドルーク、ドルーガ(お互いに)」。相互理解。そして、男女の歩み寄り! コーヒーショップかサッカーチームの名前みたいだったが、ドルーク、ドルーガ(お互いに)なのだ。
デジタルの文字が消えてしまわないうちに送信した方がよさそうだったので、さとるは力を込めて携帯電話の送信ボタンを押した。
・・・[送信中] [送信中] [送信中] [送信中] [送信中] [送信中] [送信中] [送信中]・・・・そして、[送信しました]となった。
山奥だから通信が遅かったが、メールは東京に向かい、さとるはこつをつかんだ。
「条件つきの愛じゃない。無条件の愛」を、「ニェット(違う)・リューボーフィ(愛)・ウスローヴィエ(条件)。リューボーフィ(愛)・ビズスローヴヌィ(無条件の)。ダー(そうだ)、ダー(そうだ)!」と真剣にカタカナを打ち込んだ。そして、
「ヤー(わたし)・ヴァアブラジャーチ(想像する)。カージドィ ヂェーニ(毎日)、ヴミェースチェ(いっしょ)・ヴィー(あなた)、ヴィスョールィ(楽しい)。ヴィルシーナ(最大の)・シャースチェ(幸せ)。カージドィ ヂェーニ(毎日)、ラーイ(天国)、ラジヂストヴォー(クリスマス)」
・・・なに言ってんだか。でも、もっとロマンチックなメッセージが必要だ。
「あなたはわたしのヴィルシーナ(最大の)・シャースチェ(幸せ)」
「ヴィルシーナ」は、「最大の」「一番の」の意味で、「シャースチェ」は、「幸せ」。語呂がよかった。好きな人と一緒に住むのが、一番幸せだ。
変なロシア語とはわかっていたが、彼女以外、誰もこのメールを見ないのだから、気にしないのだ。
「あなたはわたしのムーズィカ・クラスィヴィ(きれいな音楽)」本当なのだ。「わたしはあなたを毎日、見たい」これは、「ヤー(わたし)、ヴィー(あなた)、スマトリェーチ(見る)、ハチェーチ(ほしい)、カージドィ ヂェーニ(毎日)」となって、さとるは送信ボタンを押した。[送信中] [送信中] [送信中] [送信中][送信しました]
あぁぁぁぁ・・・・。

ジュリアはこのメールを見た。さとるにしては頑張ったメールだったし、もう、彼を許さなければいけないとは思っていた。でも、ロシアに帰りたくなっていたので、どうしていいかわからなかった。ジュリアは時々、さとるとの生活を思い出した。
よく武蔵小杉駅近くまで送ってくれた。車体のプラスチックが何か所も割れていた原付バイクは動き始めると、カタコト、ゴリゴリ、音を立て始め、カーブするたびに、潤滑油がないのかチュルチー、チュルチーと小鳥が鳴くような音をだしながら走った。スピードを上げると、いつも車体が道の真ん中でバラバラに分解する五秒前に思えた。忘れられない思い出だった。

返信は来ないだろうとさとるは思っていたが、やっぱり来なかった。夜、十二時、眠りについたばかりの時、電話が一度、鳴った。非通知の番号だった。ジュリアかと思い、電話してみたが、彼女の電話は自動的にぷっつり切れた。

さとるは仕事の毎日で、いつのまにか、一か月が過ぎようとしていた。夕食中、さとるの携帯電話に留守電メッセージが入っていた。
「笹俣さんの携帯ですか? お知らせしたいことがありますので、電話・・・・・」
クラブ・バニラの支配人、岡崎からだった。さとるが岡埼に電話してみると、
「わかります。お伝えしたかったのは、ジュリアさん、ロシアに帰ったみたいということなんです」
彼は言った。
「彼女を知ってる店のひとから情報が入ったんですか?」
「いえ、わたしの憶測ですが。まぁ、なんかの縁ですし、また今度、店に遊びに来てくださいよ。では、ちょっと忙しいんで」
電話は切れた。

貯金してパスポートを買って、帰国したのかもなぁ。帰っちゃったか。
心をなにかのスイッチのように、切りかえられるなら、とっくにやっている。切りかえられない人間の思いというものは、なんだろう。

その晩、さとるは、諦めの境地で、インターネットの2チャンネル掲示板を眺めていた。
「ポプラさん、最近はいかがですか? Jさん、見つかりそうですか?」
『教授』というハンドル・ネームの男性のメッセージがあった。自分で還暦も近いと書き込みしていた男性だった。『ポプラ』というのは、さとるのハンドル・ネームだった。
「あれから、錦糸町に行きました。バングラディシュやパキスタンの客引きたちにバカにされたり、いろいろありました。ある支配人はJを見たことがあるかもしれないけど、現状ではどこにいるかはわからないと言ってました。何かわかったら電話しますと、親身に対応してもらいました。今日の夕方、電話をもらって、ロシアに帰ったようですとのことでした。ショックでした。貯金して帰国しちゃったんですかね」

『パブちゃん』というハンドル・ネームの男性からは、
「そんな親切な支配人には、ぜひ今の外パブ粛清の嵐を乗り切ってもらいたいですね。この業界でネットワークを築けるなんて、ポプラさん、すごいですよ。その嬢が帰ってしまったのなら、新たな可愛い嬢を見つけ下さい」という書き込みがあった。

 また、『事情通』というハンドル・ネームの男の書き込みは、
「どの時代にも、鴨はいるもんですな。自分は地方で十年、外国人パブを経営していたけど、純粋すぎるというか、ポジティブすぎるというか、嘘でもなんでも信じる奴もいるんだな」というものだった。岡崎は部下に訊いて、この掲示板を探し当て、匿名で書いていた。
『007』というハンドル・ネームの男性は、
「ポプラさん、いろいろ、変だと思わない?」と疑問を投げかけていた。
「どういう意味ですか?」
『ポプラ』である、さとるが尋ねると、一日おいて、『007』から返事があった。
「もし、ポプラさんがお探しの女性が、その支配人の意中の人だったら、彼女について本当のことは、決して語らないだろうということですよ」
そうかもしれなかった。初めて会った人が、本当のことを話してくれるというのは、甘すぎる考えだった。ましてや、インターネットである。
「ロシアに帰ったみたいですよ。わたしの憶測ですが」
岡埼の言葉がさとるの脳裏に蘇った。憶測。自分の憶測を知らせるために、わざわざ電話してくるか? それもお客でもなくて、店にもお金を払って入ろうともしなかった男に。

本当にロシアに帰ったのか確かめよう。彼女が新丸子の部屋に置いていった日本語勉強ノートを見てみた。裏表紙に彼女の母が住む実家、サラトフの電話番号が書いてあるはずだった。日本とロシアとの時差は六時間程で、日本の方が六時間、進んでいるとのことで、ロシアの夕方に合わせて、ロシアの国番号、市外局番、そして電話番号をプッシュすると、外国っぽい呼び出し音の後に、どこかにつながった。そして、若くはなく、人生に疲れたような、低い女の人の声が電話から聞こえた。
「アロー(もしもし)」
「・・・プリビェット(やあ)。マイ・ネーム・イズ・サトル」
さとるは電話の向こうは、心臓病を患うジュリアの母に違いないと思い、体調はよくなったのかと訊いてみた。
「ユア・ハート(あなたの心臓)、ダバイ(オッケー)?」
「???」
「ユリア・プリーズ」
「・・・・・」 
彼女の困惑がさとるに伝わって来た。英語はソ連邦世代の人には敵国の言葉だ。いらいらした感じのロシア語が続いたあと、電話は切れた。さとるがロシア語を全く理解できないのだから、ただの迷惑にすぎなかった。しかし、翌日、また夕方に電話をかけてみた。今度は男が電話に出た。若い声ではなかった。
「アロー(もしもし)」
「アロー(もしもし)。・・ズド・・ゥラー・・スト・・ゥヴゥ・・ィチェ(こ・・ん・・に・・ち・・は)」
電話はすぐに切れた。

翌日、また電話してみると、最初の電話の時の女の人がでた。スパシーバ(ありがとう)とアイムソーリーを繰り返した後、言ってみた。
「・・・ユリア・ママ?」
さとるが言ったママという一言で、気持ちが通じ合ったかのように、ママらしき女の人はしばらく黙りこんだ。そのあと、彼女はロシア語でなにか言ったが、さとるは当然、わからなかった。
「パジャールスタ(どうぞ)、イングリッシュ」
とさとるが言うと、ママに違いない女の人は精一杯の英語で教えてくれた。
「ユリア・ノー・ホーム!」 
と。訊いてみた。
「グヂェー(どこ)、ユリア?」
「・・・トキオ」
東京。生活するのがとても難しかったあの場所をさとるは思い出した。都市には、人生に挑戦し、格闘することを選んだ魂たちが集まる。その格闘の対価として、人は運命の人、素晴らしき人、隠れた宝物のような本などと天の導きで出会う。


あのアイ・フォーンを彼女に渡したのは岡崎なのかな。朝、起きるとき、さとるはそう感じた。ロシアにも帰っていなくて、帰ったことにして、彼女のことを忘れて欲しいのかな?  
さとるは仕事が終わると、岡崎に電話した。
「ぼくの知り合いが、岡埼さんがジュリアの恋人なんじゃないかと言うんです。そうなんですか?」
 しばらくの沈黙があり、切れてしまったのかと思ったが、岡崎の声が聞こえた。
「笹俣さん、わたしは店の女とできてるだの、営業利益を落としてやろうとする人から、中傷されたことが、たびたびありました。笹俣さんは今、真剣にお尋ねになってますね。ですから、笹俣さんの、そのお知り合いが誰か教えてもらえるなら、正直に話しましょう」
少し怒りを抑えているような口調だった。
「知り合いというかですね、ネットの2チャンネルです。そこで、いろんな人に訊いてみたんですよ」
 岡崎は一度書き込んでいたので、ひとつの掲示板は知っていた。
「ネットには、わたしの店の実名は出てますか?」
掲示板は何種類も存在していたので、彼は店の営業に差し障りが出てくる書き込みを心配していた。
「出てないです。岡崎さんはジュリアにアイ・フォーン、あげてますか?」
「アイ・フォーンですか?」
「はい」
「笹俣さんのお話が真剣なものですのでお答えします。わたしは妻がいます。笹俣さんのおっしゃるジュリアさんとは全く面識がありません。正直、ロシア人かウクライナ人かも知りません。だいたい、なんで、わたしが笹俣さんに隠す必要ありますか?」
「・・・・・・」真相はわからなかった。


マンション屋上の防水工事は順調に進んでいた。
八月。岐阜県の気温は観測史上最高とのことだった。親方もさとるも、暑さに参っていた。親方は八月いっぱい休みたそうだったが、とりあえず、一週間、夏休みをとることになった。
木曜日の朝、親方は車で名古屋に帰っていった。さとるは部屋で2チャンネル掲示板ばかり見ていた。
誰かが、さとるに注意を促していた。
「ポプ、お前さんの手配書が店の入口に貼ってあったぞ。Xビルはどこもだ。気をつけろ。もう、錦糸町には行くな」
手配書ってなんだ? 調べると、犯罪容疑者の行方を探すために顔写真や個人情報を載せ、捜査への協力を呼びかけるポスターみたいなものらしかった。何も悪いことをしてないのになぜ? 携帯番号やメルアドも、「ストーカー、笹俣さとる」という言葉とともに、ネット掲示板のあちこちに書き込まれていた。

「笹俣さとる、錦糸から消えな。見つけたら、強烈な挨拶をさせてもらうからな」
少し前に、そんな脅迫メールが、携帯電話に送られてきたことがあった。発信はジェフとなっていた。彼が手配書を貼って、嫌がらせをしているのか? なんのために?
さとるが、
「誰? あんたは」
と返信しても、返信不可能なメルアドだった。さとるが岡崎に教えたのは、携帯番号だけで、あの東南アジアの男に渡した名刺にはメルアドはあった。それがジェフという男に渡ったのだろうか? どうなってるんだ? 

岡崎にはさとるが邪魔だった。さとるが精神的ダメージを受け、2チャンネル掲示板や錦糸町から消えてほしかった。目をつけているジュリアのこともあったが、それ以上に、さとるがジュリアを探して錦糸町をうろちょろし、お客だけでなく警察さえ見ているかもしれない掲示板で、岡崎が絡みかねない話題で盛り上がったりすれば、岡崎に恨みや反感を持つ元スタッフや客などが岡崎の裏の顔を書き込み、ダイジャとのパスポートなどの取引や店の営業に危険が及ぶ可能性があると思ったからだった。

「ポプラを国赤が探している」
ともネット上に書き込まれていた。誰が書いたのかわかるわけがなかった。さとるは『国赤』を検索して調べてみた。手の付けられない荒くれ集団らしく、ぎょっとした。
自分の電話番号やメルアドがネット上に書き込まれているのは本当に嫌なもので、さとるは毎日、朝、昼、晩とチェックしてしまうのだった。

錦糸から消えな・・・もう、錦糸町には行くな・・・自分の手配書がどこかに貼ってある・・・強烈な挨拶? できるものなら、やってろ・・・粋がってさとるはそう思ったが、消えな、行くなと言われると、あまのじゃくなさとるは東京に行きたくなった。一週間、下呂の街ですることもない。さとるは部屋で下着や靴下の入ったカバンを作り始め、ジュリアの写真も、パソコンから携帯電話に移した。前回、錦糸町で東南アジアの男に、
「なんで女の写真、持ってこなかった?」
と言われ、その通りだと思ったからだった。