14 | (タイトルはいろいろありまして言えないのです)

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夜、ふたりは閑散とした下呂駅に着き、切符を駅員に渡し、駅の外に出た。ロータリーに人の気配はなく、軒を連ねる土産屋のシャッターはどこも下りていて、タクシーもいなかった。ふたりはロータリーを背にして、マンションを目指して歩いた。さとるがジュリアのスーツケースを転がしながら路肩を歩き、ジュリアがさとるのショルダーバッグを肩にかけ、側溝に落ちないようについていった。ジュリアは言った。
「あなた、ラブ・フォーエバーのメール、よくくれたけど、どうやって、やるですか?」
「そうね・・・来世、どこかで待ち合わせる」
「どこ?」
「さっきの下呂駅でもいいし・・・。ぼくもジュリアも、どこの国で生まれ変わっても、世界のどこかで待ち合わせる。もう、国ってなくなってるかもしれないけど、毎年、約束した日に、約束したとこに行く。ぼくらの顔は変わっても、目だけは変わらないらしい。目を見て、引き合うんじゃないかな?」
「あなた、リアリティないこと、言うのうまいね」
「そうね・・・どこで待ち合わせ、いいかな?」
「モスクワ」
「モスクワのどこ?」
「赤の広場。クレムリンのとなり」
「いつ?」
「イースターの日」
「イースター、いつ?」
「春。卵の日。イエスキリスト、三日だけでリインカネーション(輪廻転生)で戻った日」
 愛さえあれば、ふたつの魂は再会できる。ふたりの守護霊たちが必ず導いてくれる。大きい街なら、何百年たっても歴史的建造物が残っているはず。待ち合わせて会えれば、ラブ・フォーエバーだ。ふたりがどんな言葉で、どんな約束で結びついているかは、ふたりだけの秘密だ。多くの男女がいろいろな美しい言葉や約束で結びついているように、この世を彷徨う魂たちの、目に見えない愛情の結びつきは、おもしろいものなのだ。

路肩から少しはみ出して、スーツケースを押し転がしていたさとるの横を、眩いヘッドライトを照らした車がスピードを上げて走り抜けて行った。さとるは暗闇で立ち止まり、大きく息を吐いた。ジュリアも立ち止まり、言った。
「でも、今から最後まで頑張らないと、今度、ないかも」
「そうだね。厳しい現実」
路肩で遠くの温泉街をぼんやりと眺めるジュリアは今夜、ちゃんと泊まれる部屋があるの? と言いたげな表情だった。さとるは夜の東京で修羅場とも言える経験をしたが、ジュリアもまだ、異国で不安だらけだった。不安をかき消すには、さとるがジュリアに強いメッセージを出し続けるしかなく、生きていくってことは毎日、戦いとも言えた。
「おれ、絶対、頑張るから」
さとるのありきたりな言葉だったが、ジュリアは反応した。
「逃げない?」
「逃げない」
緩やかな坂道に入ると、ふたりはスーツケースを一緒に押して歩いた。
飛騨の夜は暗く美しく、空気が澄み切っていて、美味しくさえ感じられ、ジュリアは自分が大自然の一部で、今までにないほどに生きていると感じた。
夜の十時を過ぎていた。ふたりが夜空を見上げると、満月が上から欠けてきていた。
そして、満天の星があった。空というものの向こうには、こんなに星が存在していたのかと思うほどの無数の星がふたりを包んでいた。ふたりが歩く道に、そんな星々が降るようで、地上から宇宙が見えた。
ジュリアはこれほど星がはっきり見えると、数を数えたくなったようで、
「いち、に、さん、しー、ごー」
と、また立ち止まり、星を数え始めた。さとるも立ち止まり、
「六、七・・・・十、二十」
と数えてみるが、うまくできなかったので、人差し指で十個ずつ星を囲みながら数えてみた。
「これで三十」
「これで六十」
夜空に小さなダイヤモンドが、ざっとみて八十はあった。
「八十・・・」
ふたりはその星々に向かって歩いていき、振りかえると、星々がふたりの後をついてきた。