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mirukudebiruのブログ

身体障害者1級の父と、重度の認知症の母の介護の記録。私の離婚が教育ママだった母の認知症に大きくつながるため、離婚についても書き記す。写真をできるだけ使い、リアルに再現する。

 

父が亡くなり、1週間。

 

まだ葬儀も終わっていないため、親類への報告、葬儀の準備、父親がしていた日常生活の不要な物の解約、母の今後のスケジュール、等々で、

またもや一人、忙しくして、あっという間の1週間ガーン

 

さて、今日は、父、逝去の知らせを聞いた母の様子。

 

日常で、両親の前で涙を流すことなどなかった私・・・

 

母に強く生きるようにと、育てられた私・・・

 

だが、父がなくなった時はさすがに、泣き崩れ、母に私が言った言葉。

 

私:

「お母さん、ごめん、お父さん、死んじゃったよ・・・。お父さんを家に帰してあげられなかった・・・お母さん、1人にしちゃってごめんなさい!私が延命措置を断ったせいかもしれない。お母さん・・・ごめんなさい・・・

 

号泣する私に、母はこう言った。

 

母:

「○○ちゃんのせいじゃないわ!だって、お母さん知ってるもの!○○ちゃんが、頑張ってたこと、お母さんちゃんとわかってたわ!一生懸命、やってくれてた!!○○ちゃんのせいじゃないから!!しっかりしなさい!お母さんは大丈夫よ!!お母さん、強いんだからビックリマーク

 

 

私が子供のように泣きじゃくった瞬間、母の、「母親スイッチ」がはいったのがわかった。

とても重度の認知症とは思えないしっかりした発言。

 

母に抱きしめられ、涙が止まらないまま、母にこういった。

 

私:

「お母さん・・・?もしかして、認知症は演技なの・・?もしかして、お父さんが死んじゃうまで、現実逃避したいから、演技してたの??そうならそうと言って!!!」

 

母:・・・若干の沈黙の後・・・

「お父さん、死んじゃったのね。」と、号泣・・・・。

 

やっぱりだめか・・・しょぼん 

認知症が演技だったら、女優になれるよね・・・ガーン

 

でも、大きな発見があった。

 

●私が小学生くらいの子供のような状態に戻った時に、

母は、母としてのスイッチがはいる。

厳しく、優しく、的確な言葉で、私を激励する。

以前の教育ママ状態に戻るのだ。

自分が母であることを脳が思い出すのだろう。

 

認知症であっても、「母親」という自覚は、すごいことなのだと改めて感じた。

 

私には子供がいないので、母親の自覚はわからないが、おそらく、想像以上の威力なのだろう。

 

お母さん、明日も一緒にご飯食べて、大好きなカラオケしようか。

気晴らしにね・・・

これから、施設に行っちゃったら、あんまり連れまわして遊んであげられなくなっちゃうかも・・・?施設のことは、来週、打ち合わせがあるんだよ・・・。

 

日曜は、お父さんと最後のお別れだよ。。。

 

おやすみなさい☆