今日、中学・高校の恩師のM先生と会った。

卒業して10年ぶりの再会。

会うまでは、「話が弾まなかったらどうしよう」

と、少し不安になったけど、

いざ会ってみると、

そんな不安は吹き飛んだ。

中高6年間のうち、3年間担任を持ってもらった。

M先生は英語を担当していて、今も教えている。

わたしの記憶の中のままのM先生だった。

相変わらずとても可愛らしくて、魅力的な先生だ。


はあー、会えて良かったなぁ。


中3まで国語と英語が得意で、先生もわたし自身も文系に進むものだと思ってた。

けど、なぜかわたしは理系に進んだ。


人生って、目に見えない力に導かれるように

コトが進むことがある。

でも、ここまで来なかったら、

今日M先生と会っていないかもしれない。



中高6年間、英語は得意科目だったの。

今日M先生に言われた、

「なんで博士後期課程まで行って、

留学してないの?」

って。

なぜかこの言葉が引っかかる。

もしかしたら、今まで海外に行ける機会があったのに

行かなかった事を、少し後悔しているのかも。

高校時代のアメリカ留学も、

去年のアメリカの学会も。

行かなかった。

なんか、タイミングが合わなかった。

(そういえば、中高の同級生で女で博士後期課程まできたのって、わたしだけかも。
確率でいうと、1/120くらい。笑
そう考えると、すごい確率だよねぇ。笑)




歳を取ると、どこか、自分で自分を見限ってしまって

「わたしには無理」

と、切り捨ててしまうことが増えたのかも。

無意識で。

それは、いわば、「自分で諦めてしまった」

のだ。

自分で自分の可能性を潰してしまったのかな?

あと、挫折したのもある。

「こんなによく出来る同期がいるんだ。
あれくらいになれないと、無理なんだ」

って。

上には上がいるけども、

そこでいきなり「あれくらいになれないと、無理なんだ」

と自分で諦めてしまってた。

やらずに、さ。


丁度いい、少し背伸びするくらいの挑戦って

自分で設定するの難しいね。笑

挑戦か、してないなぁ最近。

2年前の英語で15分口頭発表したときが最後かな。




M先生は、英語が得意だった頃のわたしのまま

わたしを見てくれてたから、

不思議だったんだろう。

嬉しかったし、

「ああ、わたしも“守り”に入ってたんだな。

歳いったなぁ」

としみじみ思った。

今になって、

海外のラボに留学しなかった事を後悔した。

少しね。

でも、あの時は、そう簡単に気持ちを切り替えられなかった。

まあ、今日気づけたから良しとするか。

もうウジウジしんみりするのは飽きたんだ。

良かったよ、ちゃんと研究職で就職できて。


今年のボーナスで、

アメリカかパリに単身旅行に行く✈️キラキラ

鉄は熱いうちに打て。


いつか海外のラボで研究してみたいかも。

いつかって、いつかな?


結婚して子供産む前に行った方がいいんだろうなぁ。。。

色々大変だわ。笑


いじけて捻くれてないで、

環境を変えて、留学でもしてみりゃ良かった。


M先生も言ってたけど、

「若い頃の不完全燃焼・わだかまりは、

早めに解消した方がいい」


逆に、今までなんで「海外行こう」って思えなかったのか。

それは、不安しかなかったし、

打ち拉がれてたから。

「日本の研究室でもこのザマなのに、

海外の研究室でなんてやっていけるわけない」

って。



あの時は思えなかったけど、

今は思える。

純粋に、話聞いて励ましてくれる人の存在って

有難いね。

ありがとうM先生。

わたし、この5年以内に海外に留学する。

それ出来るくらい仕事して、

お金稼ぐ💴

頑張ろ。


そうやんなぁ、親とおばあちゃんのお陰で

ここまで来させてもらったんだから、

最後まで、出来るところまで頑張ろう。

ここまで教育受けられるのは、

いまはピンとこないけど、

贅沢だし恵まれたことだから。

修論書いたみたいに、

博論頑張ろ。


まず、引っ越しね。笑


M先生本当にありがとう。